カテゴリー別アーカイブ: 最近の研究から

「一般相対性理論」(内山龍雄著)の近日点移動の計算について

もちろん別にこれが「最近の研究」というわけではないのですが、気づいたことがあったので書き留めておきたいと思います。

「一般相対性理論」(内山龍雄著)という本があります。これはかなり古い本ですが、一般相対論自体が古いので使えなくなると言うことはなく、語りかけられるように書かれた味わい深い名著です。ところで最近、力学の万有引力の授業で(通常は授業範囲外なのですが)一般相対論的な補正を紹介できないかと思い、水星の近日点移動を扱った教科書をいろいろ調べていて、この本の38章「Schwarzshild時空における惑星運動」を読みました。ところが、その近日点移動の早さの評価で、「間違っている」とまでは言えないまでも、不整合と言うかわかりにくいと言うか、やはりおかしいところがありましたので、ここで解説したいと思います。(復刊したようですし、もしかしたら疑問に思った読者の方が、ググってこれを読むかもしれないと思ったからです。)

測地線方程式から \tau を消去して、 u=\frac 1r\varphi 微分を u で表した式が(38.7)です。本にもそのすぐ下に書いてありますように、右辺が一般相対論的な補正に対応していて、これを0においたものが Newton 力学でおなじみの式です。ただし、惑星の質量を  m としたとき、左辺最後の項は普通 -\frac{2E}{mh^2} と分母に m が入ります。これが「質量が1の」の意味です。また、第3項は Schwarzschild 半径 a で書かれていますが、Newton 力学では普通  -\frac{2GM}{h^2} \cdot u と書かれるものです。したがって、これにも a が入っていますが小さいわけではなく、惑星の運動を司る万有引力そのものの寄与です。

(38.7)の右辺が0のとき、よく知られているように

u = \frac{1+e  \cos \varphi}l

が解になります。これは円錐曲線の式で、 0\leq e <1 のとき楕円(円)を表します。右辺の a u^3 の効果を評価するために、そこでは (38.8) のように

u = \frac{1+e  \cos (\eta\varphi)}l

とアンザッツをおいて、(38.7) に代入して cos の各べきを比較する、ということをしています。そして、\eta を1からわずかにずれた量として、そのずれを O(\frac al) まで求めようとしています。

これは全くもっともらしい考え方だし、実際これで正しい \eta の値を出すのですが、よく見てみるとおかしなところがあります。

(38.9),(38.10),(38.11) が cos 0次の項、1次の項、2次の項にそれぞれ対応します。上でも述べたように、3つの式すべての右辺の a を0とおいて、左辺で \eta を1とおいたものはすべて成立します。したがって、3つの右辺を O(\frac al) の微少量として、\eta を O(\frac al) まで求めてみます。

まず先に3番目の(38.11)を考えると、これから(38.13)

\eta=1-\frac{3a}{2l}

が得られます。これは水星に関して100年で約43”を与える正しい結果です。

ところが、1番目の式(38.9)からは  \frac{ac^2}{h^2}=\frac{2GM}{h^2}=\frac 2l に注意すると

e^2(\eta^2-1)=\frac al 

という式が出てしまいます。これは(38.13)と整合しません。さらに、(38.10)の左辺には \eta が入っておらず、Newton力学の値を使うと恒等的に0です。それはそうで、何度も言っていますように右辺を0としたものは \eta=1 で成り立つのですが、もとから \eta がないので、(38.10)の左辺は消えてしまうのです。
 
本文では、(38.12) の上のように「(38.10)の右辺を無視すれば」とか、(38.14) の上のように「右辺の第3項を無視し、さらに \eta=1 とおくと」とか、O((\frac al)^0) の最低次を考えて Newton 力学と同じであることを言っています。しかし、繰り返しますが、それは当然そうなのです。

したがって、(38.9),(38.10),(38.11)のうち、(38.11)だけは O((\frac al)^1) まで考えているのに、 残りの(38.9),(38.10)は最低次しか考えていない、ということです。これは正しいイタレーションではありません。それなのに、正しい結果が出ているのはなぜなのでしょうか?  

実は、その理由は(38.8)のアンザッツ

u = \frac{1+e  \cos (\eta\varphi)}l

が不十分なせいなのです。その代わりに

u = \frac{1+e  \cos (\eta\varphi)}l~+\frac al u^{(1)}

というアンザッツを考えることにより上に述べた矛盾は解消します。こうすると、この u^{(1)} のおかげで cos 0次の項、と2次の O((\frac al)^1)項 に新しい寄与を付け加えることができ、(38.9)と(38.11)も矛盾なく  O((\frac al)^1) まで成立させることができます。

しかし、それではなぜ (38.9),(38.10),(38.11)のうち(38.10)だけ(u^{(1)} を入れないで) O((\frac al)^1) で成り立たせる必要があったのでしょうか?

その理由は、u^{(1)} が

{u^{(1)}}

という微分方程式をみたすことを要請され、その特解として定数や \cos^2\varphi に比例する寄与をもつことができるが、\cos\varphi に比例する項はもつことができないからなのです。したがって、アンザッツに u^{(1)} を付け加えても \cos\varphi の係数である(38.10)を変えることはできないので、(38.10)がはじめからなりたっていなければならなかったのでした。

ちなみに、このようなアンザッツによる詳細な計算を EMAN さん がなさっているのをネットで見つけました。そこでは、測地線方程式から直接出る、Newton力学の軌道の式に相当する方程式でなく、それを \varphi で微分して 2u でわった微分方程式で考えておられます。この方がわかりやすいかもしれません(がいずれにしても  u^{(1)} は必要です)。 □

F理論の”incomplete resolution”とhalf-hypermultiplet

新型コロナウイルスの流⾏の影響で、学会も大阪の国際会議も中止になってしまいました。命まで失われた方にお悔やみ申し上げるとともに、一刻も早くこの事態が収束することをお祈りします。

学会では久留米高専の谷さんと、この春総研大大学院で博士を取得された簡さんとの新しい論文

Half-hypermultiplets and incomplete/complete resolutions in F theory
Naoto Kan, Shun’ya Mizoguchi, Taro Tani. Mar 11, 2020. 50 pp.
KEK-TH-2196
e-Print: arXiv:2003.05563 [hep-th]

について話す予定でした。学会サイトにおいたスライドをここにもおいておきます。

学会サイトにおいたスライドnew021_01

D-ブレーン「だけ」ではフレーバー構造を実現できない3つの理由(その3)

去年も年末になってバタバタと更新したような気がしますが、今年もやっと更新します。前回は、D-ブレーン模型ではGUTにならないことを説明しました。(Pati-Salamならできる、という人がたまにいますが(例えば北大の小林さん)あれは「ゲージ統一」ではありません。これについては後で言いたいと思います。)

さて、D-ブレーンだけでは自然なスタンダードモデル セクターを作れない2つめの理由は、「スピナー表現」が実現できないからです。D-ブレーン上のマターは一方の端点だけが端をもつオープンストリングによって実現され、そこにはU(N)のNまたはNバー表現のチャン・ペイトン因子がアサインされるので、バイファンダメンタル表現しかできないからです。素粒子模型にスピナー表現が必要な理由はもちろん、各1世代ごとにSU(5)の5バーと10表現と右巻きニュートリノの1表現をあわせてSO(10)のスピナー表現になるからです。

この事実は超重要であって、これで標準模型になぜアノマリーがないかを自動的に説明することはよく知られています。また、U(1)B-Lになぜアノマリーがないかも一緒に説明できてしまいます。SO型のゲージ群はオリエンティフォルド(ストリングジャンクションの文献にでてくるB-とC-ブレーンが1枚ずつ)があればできますが、スピナー表現はそれだけではできず、もう一つC-ブレーンが必要になります。ここが、D-ブレーン模型に別れを告げる「岐路」です。

さて、D-ブレーンだけではダメな3つ目の理由は、U(1)対称性のためにアップタイプの湯川を生成できないことなのですが、これについては長くなるので次回にします。