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ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった、超弦理論の重要事実 その3

前回記事を書いてからまた1年が経ってしまいました . . . 。今年もこれからものすごく忙しいですが、新学期が始まる前の今、このチャンスに、今度こそポルチンスキーに書いてないことを書こうと思います!

ポルチンスキーに書いてない重要なことーそれはたくさんありすぎてどれからお話しすればいいか悩むところですが、まず最初に書くべきこととして、前回1年前にちょっと触れた、アノマリーインフローとそれによる超重力の修正、とその超弦コンパクト化への重大な帰結について書いてしまいたいと思います。今思えば、こんなこともわかっていなかったんだなあ、という感じがします。そういうことがこれ以外にももっとものすごくたくさんあるのです。

注 実は、M5 へのアノマリーインフローを引き起こす重力チャーンサイモンズ項(厳密な定義のチャーンサイモンズ項ではないですが、そう呼ばれることが多いです)の存在が指摘されたのがが Duff, Liu and Minasian (1995) 、それによってフラックス保存(「タドポール」)条件が変わり、3次元ミンコフスキーx8次元多様体のワープコンパクト化が実現できることが示されたのが Becker and Becker (1996) で、ポルチンスキーの教科書の初版が 1998年ですから、「ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった」というのは正確ではありません。しかし、これが書いてないのは事実ですし、またこのことが、2000年代になって始まった、KKLT をはじめとする超弦理論の宇宙論的応用に大きな影響を与えました。なので、そういうことを含めて「ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった」ことの一つとして書きたいと思います。ここまで注でした

さて本題ですが、M理論、それは結局11次元超重力とほとんど同じことですがいろいろな拡張をしている、あるいはこれからする、ということをにじませるときにこう言いますが、この理論には M5-ブレインというブレインがあります。「あります」と見てきたように言っていますが、これは例えば 11次元超重力にそういうブラックブレイン解があることからそう言います。
R. Gueven(ue は u ウムラウト), Phys. Lett.B276 (1992)49-55 です。

このブレインは、他の D-ブレインと同じように超対称性を半分だけ破ります。そして、そのブレインの揺らぎ(微小変形のゼロモード)を調べてみると、そのブレインは6=5+1次元ですが、その上に6次元(0, 2)超対称性が残ることがわかります。したがってM5-ブレインの上の(0, 2)超対称場の理論を考えることになりますが、それは「(0, 2)」ということを見てもわかるようにカイラル、つまり右と左が「ちんば」になっているのです。

こういう理論にはアノマリーがあります。この場合は、6次元の重力アノマリー(gravitational anomaly)です。6次元のブレインの上の一般座標変換、あるいは局所ローレンツ変換不変性に関するアノマリーです。一般座標変換、あるいは局所ローレンツ変換しても理論は当然不変になっていて欲しいところ、量子論的には変換すると同じになっていない!ということなので、もしこれがこのままどうにもならないとしたら、超弦で宇宙だとかそれどころの話ではないですが、それは「アノマリーインフロー」という「現象」によって矛盾なくいっている、ということがずっと前から(といってもポルチンスキーには書いてないですが)わかっています。この機構をもっと数式でちゃんとお話ししましょう。

アノマリーというのは、量子論的な有効作用、つまり古典的な作用にループ効果による補正も加えて考えた作用(この場合はループ効果だけでいい)が、変換したら変化が0でなく、別の値に変換してしまう、ということです。この場合は局所ローレンツ変換です。(重力アノマリーを考えるときは、一般座標変換による不変性の破れを考えるより、それにカウンタータームを付け加えて局所ローレンツ変換の破れとして扱う方が便利なのでそうしています。)どういう次元にどういうカイラルな理論があってどういう場があるときのアノマリー、つまり変換した時の有効作用の変化がどうなるかはずっと前に Witten によって調べられていて、その結果は「アノマリー多項式(anomaly polynomial)」によって簡明に記述されることがわかっています。アノマリー多項式や降下方程式自体については、ポルチンスキーの教科書にもヘテロティック弦でのグリーン・シュワルツ機構の説明のところで出てきます。次回はそれについて書くことにしましょう。

ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった、超弦理論の重要事実 その2

「その1(の予定)」と書いてから、やらなければならないことが怒涛のようにやってきて、オリピックが2回も終わってしまいました. . . 。やっと少し余裕がでてきたので、遅ればせながらその2を書いてみたいと思います。

ポルチンスキーが書かれた後になってわかった、ポルチンスキーに書いてない超弦理論の重要事実として、何よりもまず最初にあげなければならないことは、M理論における重力チャーン・サイモンズ(gravitational Chern-Simons)項の存在でしょう。

「M理論」というのは、「11次元超重力理論を低エネルギー有効作用としてもつような、弦理論ではないが何らかの広がったオブジェクトを基本的構成要素としてもつ理論」のことです。広がったオブジェクトに関してはもう少し詳しくわかっていて、11次元超重力が「足」(添字)3つをもつ3階テンソル場を含むことから、M理論は2次元的に広がった「膜」=「メンブレイン(membrane)」の理論である、と考えられています。授業では、タイプIIA弦の強結合極限である、と教えます。このことはポルチンスキーにも書いてあります。

超昔の Green-Schwarz-Witten の教科書を読むと、11次元超重力は超弦理論の低エネルギー理論ではない(もしそうなら10次元のはずだから)のに存在するので “enigma” だ、などと書いてあります。それから10年がたって、Witten が1995年に、タイプIIA弦の強結合極限として現れる11次元理論の存在を指摘したのでした。

メンブレインは量子化が難しく、超弦のように世界面理論(この場合は1次元の物体が掃く2次元面でなく、2次元が掃く3次元「世界体積理論」)から構成的に定義できないので、行列模型(「行列理論(”Matrix theory”)」と呼ばれる )やある種の3次元チャーン・サイモンズ理論を用いた理論(ABJM theory)など、さまざまな定式化が提唱されてきました。しかし、超弦宇宙論のようにM理論の幾何学的情報を使ってさまざまな議論をするときには、やはり11次元超重力を基に考えることになります。

超重力理論というと一般には非常に面倒な計算を伴うものですが、11次元超重力のように超対称性が非常に高いものは比較的簡単でシンプルな理論です。実際、フェルミオン場を落としてボゾン場だけにすると、11次元超重力の作用は次のような簡単なものになります:

2_kappa_11^2_S_1

ここで、微分形式はいつものように
F_p=_frac1_p!_F_-178

などで、またポルチンスキーの教科書の記法

|F_p|^2=_frac1_p-177

を使っています。

11次元超重力だとたったこれだけなのですが、M理論がタイプIIA弦の超結合極限の理論なら、もちろんこれだけで終わるはずはありません。質量を持たない場に限ったとしても、微分を2つより多く含むような項も無限に存在する可能性がありますが、それらは低エネルギーでは落としている、という立場を取っています。そのような高次微分項として、どんなものが含まれるかを決めることは簡単ではありません。しかし例外的に、11次元超重力に存在する「M5-ブレイン」とよばれるブレイン上の理論のアノマリー(anomaly)(=「量子異常」)が相殺されるために必要である、というロジックで、ある特別な項の存在を議論することができます。これが Duff, Liu, Minasian らによって1998 年に明らかにされた、「アノマリーインフロー(anomaly inflow)」を引き起こす「重力チャーン・サイモンズ項」です。

次回、(いつになるかわかりませんが. . . )このことについてもっと詳しく説明したいと思います。この項が存在することによって、超弦理論におけるワープしたコンパクト化に対する(それまであった) no-go 定理が回避できたのです。

 Vafa と Witten によっても別の議論によってこの項の存在が指摘されました。

ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった、超弦理論の重要事実 その1(の予定)

今年2021年の 数理科学1月号 に「超弦と時空  ~ ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった,素粒子の謎を解明する超弦の幾何学 ~」という記事を書きました。ポルチンスキーさんは D-ブレインの「発見者」であり、教科書が書かれたのはその数年後で、超弦の基本的なワールドシートCFTによる構成から、その枠組みでは非摂動論的なオブジェクトとして存在する「D-ブレイン」が果たす超弦理論での(その頃までにわかっていた)重要な役割について、懇切丁寧に書かれています。20年以上前までの超弦に関する知見なら、これを読めば非常に深く理解することができます。

しかし、これは間違いなくすばらしい教科書なのですが、いかんせん古いです。特に我が国だと、へテロティックのアノマリー相殺が証明されたころが 1st revolution (の時代)、D-ブレインが発見されたのが 2nd revolution (の時代)などと言って、それ以降バージョンアップがないかのように考えられることもありますが、実はそうではありません。その後も、超弦理論には重要な発展があったのです。

ポルチンスキー、あるいはグリーン・シュワルツ・ウィッテンそれぞれ2巻ずつに書いてあることだけでも膨大なので、これを読破するともう現代の超弦のすべてをわかったような気になってしまい(?)ます。しかし、それでは20年前の研究しか始められません。ポルチンスキーが書かれた後のさらに20年間に何がわかったのかーそれをまとめてある(特に日本語の)文献はなかなかありません。

数理科学の記事に書いたこともその一つなのですが、これからここでは、この20年間にわかった、今では常識となっている超弦の重要事実を、こちらも当時はなかった LHC や PLANCK による実験観測事実とも関連させながら、少しずつお話ししていきたいと思います。

と書いただけでこんなに長くなってしまいました。時間ができたときに続きを書きたいと思います。