カテゴリー別アーカイブ: 最近の研究から

D-ブレーン「だけ」ではフレーバー構造を実現できない3つの理由(その2)

現実の素粒子のフレーバー構造を実現するのにD-ブレーン模型がもつ根本的な問題点は、GUT(大統一理論)が基本的に実現できない、という点です。GUT  なんて実験できるエネルギーにあるわけでもないし、標準模型さえできればいいと言う人もいるかもしれませんが、そうではありません。GUT 、特に SU(5) GUT はクォーク・レプトンの(標準模型を最初に勉強したときに、何だこれは、と思う人もきっといる)半端な分数ハイパーチャージを見事に説明しているからです。(その詳しい説明は、以前 素粒子のジグソーパズル=大統一理論?! という記事に書きましたのでそちらもご覧ください。)

ですから、現実物理の起源を超弦理論にもとめるなら SU(5) GUT  はなくてはならないものですが、D-ブレーン模型はD-ブレーンを3枚、2枚、1枚ともってきて交差させてつくるので、ハイパーチャージは SU(5) の外にあるものだし、大統一する必然性がありません。その点、(E8xE8)ヘテロティック/F、あるいはそれらと「双対な」M理論では E8 ⊃SU(5) がはじめからあってそれをこわして標準模型をつくるので、 SU(5) GUT  は自然にでてきます。これが、フレーバー構造を実現するにあたってD-ブレーン模型がもつ最大の困難の1つです。

しかし、D-ブレーンだって5枚集まれば U(5) ゲージ対称性は自然に出てくるし、それでもいいじゃないか、と言う人もいるかもしれません。ところがそれでもダメなのです。それは、現実の素粒子の1世代が SU(5) の 10 と 5バーと 1 の計16個になっている、という事実に関係していて、D-ブレーン模型ではそれを説明できないのです。これが2つ目の理由なのですが、次回この点について説明したいと思います。

D-ブレーン「だけ」ではフレーバー構造を実現できない3つの理由(その1)

D-ブレーンのほかにオリエンティフォールドとかがあってもダメなんですが、超弦理論にはD−ブレーンでもオリエンティフォールドでもない世界があって、現実の素粒子の構造はそちらにぴったりはまっている、ということなのです。

およそ20年ほど前、D−ブレーンというものが超弦理論に発見されました。それらは、それまで超弦理論をワールドシート上の場の理論を量子化して定義して得られていたスペクトラムにはなかった、ソリトンのような「ワールドシート理論から見て」非摂動論的なオブジェクトだったため、QCDにおける格子計算が「非摂動論的」取り扱いであるという事実からの(時には恣意的な)連想から、D−ブレーンさえやっていればすべてわかるに違いない、という(今となっては誤った)期待がありました。

確かに、D-ブレーンの発見は超弦理論に多くの知見をもたらしました。AdS/CFT対応は、それまで知られていなかったゲージ理論と重力理論の関係に基づく新しい視点からさまざまな研究成果を生み出し、またD-ブレーンが非常に軽くなれる状況(特異点近傍)では、それまで全く別の理論と思われていた理論が実は等価になっている、という驚くべき事実が次々と明らかになりました。

しかし、超弦理論はQCDとは違います。QCDでは非摂動論にやるということはすべてをやるということなのに対し、D−ブレーンは弦(ファンダメンタル・ストリング、ワールドシートで定義される弦)からみたら非摂動論的ですが、逆にD−ブレーンからみて弦は非摂動論的オブジェクトであり、どちらがまさっているとかいうものではありません。例えば、へテロティック弦の摂動論的な例外型ゲージ対称性は、D-ブレーンだけの系、あるいはオリエンティフォールドを入れても実現することはできません。

なので、どの弦理論がいいのかは、現実の素粒子の性質と照らし合わせてはじめてきめられることなのです。そして、D-ブレーン模型にはフレーバー構造を実現するのに重大な欠陥が少なくとも3つあります。それを裏返せば、なぜF理論(あるいはある特定の幾何学構造を盛り込んだM理論、あるいはそれらを回避するだけならへテロティック理論も)でなければならない理由になるのですが、次回それらについて説明したいと思います。

 

Friedman-Morgan-Witten を知っていますか?

IMG_0040なんて、もちろん一般の方や学生さんはご存知ないでしょう。素粒子理論の研究者でも普通は知らないと思いますし、超弦の研究家でも日本で理解している人がどれだけいるでしょうか。

しかし、知っている人が少ないからと言って重要でないというわけではありません。というか、むしろこの論文は「素粒子論としての超弦理論」として「超」重要なことが見いだされ、書かれている論文です。そして、これらのことについて日本では最近(全く、でなければ)ほとんど語られないのが問題なのです。

この論文も古い論文です。1997年1月なので、もう20年近くになります。タイトルは”Vector bundles and F theory” hep-th/9701162 です。なのでこの内容自体が「最近の研究から」の記事としておかしいかもしれませんが、僕自身これに関連した研究をしていて論文を書いたので、FMWの重要性についてあらためて書いてみようと思います。たぶん話が長くなるので、何回かに分けて書いてみます。

まず、タイトルですが、「ベクター束とF理論」なんて、なんて抽象的で数学にしか関係ないようなタイトルなんでしょう。しかし、この論文は現実の素粒子の標準模型の構造を最もよく反映する超弦理論である E8xE8 へテロティック弦 のコンパクト化に大きな進展を与えています。

へテロティック弦はアノマリー相殺から予言された奇跡的な無矛盾性をもつ理論で、そのもっとも変な(?)ことの一つが、アノマリーを相殺するために(普通は変換しない)「B場」(2階反対称テンソル場)もゲージ変換や局所ローレンツ変換しなければならないことです(Green-Schwarz 機構)。すると、コンパクト化空間の幾何と空間内のゲージ場の配位が連動しなければならないことが結論されます。Green-Schwarz-Witten(あるいは Polchinski でも) の教科書に載っているような素朴な場合には、1/4 SUSY を保って D=4, N=1 にするために SU(3) ホロノミーをもつ多様体をコンパクト化空間に選び、それと「連動」してゲージ場も SU(3) インスタントン配位を仮定します。これがいわゆる “standard embedding” で、すると E8 ゲージ対称性は SU(3) が「期待値」をもつのでそれと交換する E6 にまで破れます。

少し長くなりましたが、こうして「自然」に E6 大統一理論が得られます。E6 はすばらしい群ですが、標準模型にするためには SU(5) や SO(10) のようなもっと小さな群が必要です。しかし、SUSY を 1/4 だけ破るためには基本的に SU(3) ホロノミーになるので、スピン接続(厳密には H=dB を足したもの)は SU(3) だが、インスタントンは SU(4) や SU(5) に値をもつような配位を考える必要があります。これが “non-standard embedding” です。

このように、カラビヤウ空間内にある条件をみたしたヤンミルズ配位が欲しいーFMW の論文は、そのようなベクターバンドルをつくる話なのです。

non-standard embedding は、Green-Schwarz-Witten でもちょこっとだけ(でもないか)議論されています。が、それからやく10年たって、その前年に発見された F理論との双対性とともに驚くべき進歩を見たのです。そこで最も驚くべきこと(そして日本ではほとんど全く語られていないこと)は、へテロティック弦にも、ベクターバンドルの構成を通して自然にブレーン的な描像があらわれることです。

これら一連のことを理解して得られる感動、そしてさらに現実の標準模型の構造(SU(5),SO(10),E6 そしてE7)との偶然とは思えない符合ー超弦理論はきっと現実を本当に記述しているに違いないと信じる気持ちが涌き起こってきます。

(具体的内容について全然書きませんでした。いつか書けたらと思います。)