- 真空絶縁破壊(ブレークダウン)の発生メカニズムに関する研究(ファイヤーボールを含む) (2014~ )
【背景・動機】
粒子加速器は、医療・産業や学術研究など幅広い分野で利用されている有用な実験装置である。
そこで粒子加速に使われる常伝導高周波加速構造(通常は純銅製; 以下、「加速空洞」と呼ぶ)は粒子加速器の心臓部であり、
その運転時、内部の空洞領域を超高真空に保ち、そこへ投入するメガワット級の大電力マイクロ波を貯め込む金属共振器である。
その貯め込んだマイクロ波の強い電界で、電子などの荷電粒子を(蹴るようにして)加速する。
近年、持続的社会の実現などから求められている粒子加速器の大幅なコンパクト化をはかるためには、より高い電界で加速する必要があるが、
真空放電の発生による真空絶縁破壊(ブレークダウン)で高電界性能が制限されてしまう。
しかし、真空絶縁破壊の発生メカニズムは、現代科学でも未解決問題である。
【解決法】
真空絶縁破壊の直接的原因は加速空洞内の大真空放電であるが、
従来の実験的研究では、真空放電により発生する2次的情報の観測に頼ってきた。
しかし、その「引き金の種」は些細で小さな存在と考えられるので、
そのような情報は、大放電によってかき消されてしまうであろう。
そこで、その瞬間(直前も含む)を直接・視覚的に観測する 加速空洞内の直接観測手法を発案した。
この手法であれば、大放電で「引き金の種」に関する情報が消えても問題ない。まさに、「百聞は一見にしかず」である。
【成果】
真空絶縁破壊の発生の瞬間を視覚的に捕らえる実験に(加速空洞としては)世界で初めて成功した。さらに、ハイスピード・カメラやハイパースペクトル・カメラといった高性能カメラを駆使した実験も行った。それらの結果を統計的・系統的に解析した結果、電解研磨されたUHF帯連続波の加速空洞を大電力マイクロ波でコンディショニングした後の真空絶縁破壊の殆どは、加速空洞の内表面に付着した、または、加速空洞の内部を浮遊する1,000℃以上の高温の微粒子:「ファイヤーボール」(サイズは 0.1 mm 以下)が「引き金の種」であることを突き止めた。
それが、加速空洞の内表面上で爆発を起こし、「局所的・急激な蒸発(昇華)→ プラズマ発生 → 大真空放電へ発展」というプロセスで、真空絶縁破壊に至ることを世界で初めて実証した。
【関連論文・記事・報告・発表(時系列)】
(4) 阿部 哲郎 他、「加速空洞内部の直接観察によるブレークダウン引き金機構の解明研究」、
第15回 日本加速器学会年会(2018年8月)、WEOL01.
- 論文(完全版;英語)
- 発表スライド(日本語)
- 縦方向分割方式の高電界加速管の開発研究 (2011~ )
【背景・動機】
直線形の粒子加速で使われてきている常伝導加速管の製作は、従来、 「ディスク方式」で行われてきた。
ディスク方式では、数十枚のディスクを超精密加工で作り、それらを慎重にスタックして接合する。
ディスク方式で製作された加速管の内表面では、加速モード電磁界による巨大な表面電流(場合によっては 10 8 A/cm 2級の電流密度)がディスク間の接合箇所を渡り、これが高電界加速における真空絶縁破壊(ブレークダウン)の原因と関係する可能性が指摘されている。
また、ディスク方式では、部品点数がディスクの枚数程度(数十個)と多く、接合箇所も多いので、歩留まりに限界がある。
一方、 「縦方向分割方式」(2分割 or 4分割方式とも呼ばれる)という革新的な製作方式がある。
これは、ビーム軸を含む平面で構造を分割するものである。
縦方向分割方式の最も大きな特徴は、加速モード電磁界による表面電流がいかなる接合箇所も渡らないことである。
また、部品点数が少ないため(2~4個)、組立と接合が容易であり、組立後の調整も少なくて済むことがわかっている。
これは、製造コストの半減や歩留まり改善に繋がる。
しかし、2008年に製作したXバンド(11.4 GHz)の縦方向分割方式加速管(18セル構成;進行波)を2009年に高電界試験した結果、
非常に悪い成績であった。その原因を調査したが、結局不明であった。
【成果】
2017年、KEKのXバンド高電界試験施設 Nextef にて試験した結果、
100 MV/m を超える加速勾配で(リニアコライダーで要求される)十分低いブレークダウン率であることがわかり、
改良縦方向分割方式の基本性能を実証した。
近年、完全なる原理実証のため、 24セルから成る加速管(進行波)を改良縦方向分割方式で製作した。
【関連論文・記事・報告・発表(時系列)】
(4) 阿部 哲郎 他、『高電界Xバンド単セル試験空洞の4分割方式による製作』、第9回日本加速器学会年会(2012年8月)、THPS095: 論文(日本語).
(8) T. Abe et al., "High-Gradient Test Results on a Quadrant-Type X-Band Single-Cell Structure", presented at the 14th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan, WEP039, 2017.
- 論文(英語)、
- 発表ポスター(日本語).
- 独特な省スペース構造を持つ 509 MHz(連続波用)常伝導加速空洞の開発研究 (2010~2018年)
【背景・動機】
SuperKEKB 加速器の低エミッタンス陽電子入射への要求を満たすため、専用の陽電子ダンピングリング加速器(RF周波数:509 MHz)が建設された。その設計当初の加速電圧は 0.26 MV であり、加速装置としては常伝導加速空洞1台で十分であった。しかし、加速器の全体設計が固まった後に行われた理論的な考察から、その加速電圧では、Coherent Synchrotron Radiation(CSR)による単バンチ不安定性が深刻な問題となる可能性が指摘された。そこで、加速電圧の要求仕様が大きく上がり、1.4 MV となった。しかし、理論的不確定性が大きいため、最高 2.0 MV まで対応できることが求められた。
【解決法】
(加速空洞1台用に設計された)限られたスペースで高い加速電圧を供給できるようにするため、
超伝導加速空洞(定格空洞電圧:1.4 MV/空洞)の採用も検討されたが、スペースと要求最高加速電圧の両方を満たすことが出来なかった。
そこで、その限られたスペースに最大3台までの常伝導加速空洞(定格空洞電圧:0.8 MV/空洞)を設置することのできる
独特な省スペース構造を持つ加速構造を考案・設計・製作した:
(1) 高次モード(Higher-Order-Mode: HOM)吸収体は、全てコンパクトなタイル形状の炭化ケイ素(SiC)セラミックスを採用
(2) 加速空洞間の溝付きビームパイプを共有化
(3) 加速空洞と溝付きビームパイプはベローズ無しで直接連結
(4) 溝付きビームパイプ内のHOM吸収体の設置位置を最適化した結果、(ビームに対して直角方向に揺さぶる)TEモードだけでなく、
(ビーム進行方向に揺さぶり、加速空洞間を行き来する)高次TMモードも同時に吸収することが可能となった。
これにより、通常よく使うダクト形状のHOM吸収体が不要となった。
本加速構造では、全てのHOMsが十分に減衰し、各加速空洞内の電磁場には独立性がある。
さらに、加速空洞の台数は可変であり、各加速空洞は交換可能である。
一方、本加速構造は、加速空洞とそれらを繋ぐ溝付きビームパイプが強固に連結し、 全体としてひとつの機械的構造体を成す。
この「 マルチ単セル構造」とも言えるデザインが、本加速構造の大きな特徴である。
【成果】
2011年にプロトタイプ機を製作し、大電力テストスタンドにて、空洞電圧で 0.95 MV/空洞(加速勾配で 3.7 MV/m (連続波)) までRFコンディショニングできることを確認した。
プロトタイプ機の製作・試験の結果をフィードバックして、2012~2013年、実機1, 2号機を製作した。そして、2016年に、実機1, 2号機(溝付きビームパイプも含めて連結して全長3.8 m)を陽電子ダンピングリング加速器のトンネル内に(ビーム軸に対して)0.3 mm の精度でインストールし、現在まで、問題なく陽電子を加速している。今後、加速空洞2台で安定的に供給できる加速電圧の上限(1.6 MV)を超える加速電圧が必要となった場合は、
3台目をインストールして、最高 2.4 MV の加速電圧の安定的供給が可能となる。
【関連論文・記事・報告・発表(時系列)】
(4) 阿部 哲郎 他、『SuperKEKB 入射器における陽電子ダンピングリング用高周波加速構造』、第8回日本加速器学会年会(2011年8月)、TUPS131: 論文(日本語).
(6) 阿部 哲郎 他、『SuperKEKB 陽電子ダンピングリング用高周波加速空洞の開発』、第9回日本加速器学会年会(2012年8月)、THLR06:
- 論文(日本語)
- 発表スライド(日本語)
(8) 阿部 哲郎 他、『SuperKEKB 陽電子ダンピングリング用高周波加速空洞の大電力試験』、第10回日本加速器学会年会(2013年8月)、SAP057: 論文(日本語).
(12) 阿部 哲郎 他、『SuperKEKB 陽電子ダンピングリングにおける常伝導高周波加速空洞の据付』、第14回日本加速器学会年会(2017年8月)、TUOL06: 論文(英語)、 発表スライド(日本語).
(13) T. Abe, "Status of RF Accelerating Cavities for SuperKEKB Positron Damping Ring", presented at the 22th KEKB Accelerator Review Committee meeting, 2018: 発表スライド(英語).
- マルチパクタ放電の無い大ビーム電流加速器用高周波入力結合器の開発研究 (2004~2010年)
[Motivations]
Coaxial-line high-power input couplers have been used for normal-conducting 509-MHz accelerating cavities (ARES) at the (Super)KEKB main rings.
Regular coaxial lines have more multipactoring (also called multipacting), which is repeated discharge driven by RF fields,
than rectangular waveguides because of more uniformity of the electromagnetic field.
In 2003 and 2004, we had a serious problem caused by multipactoring in the coaxial lines of the input couplers for
some of the ARES cavities used in KEKB accelerator operations.
We could not solve it even replacing the input couplers by new ones.
[Results]
Developing a dedicated simulation program,
I performed simulation studies on the multipactoring to determine the best design of grooves.
Then, we fabricated grooved input couplers based on the design, and
demonstrated the completely-suppressive power of the grooving both in high-power tests at a test stand and KEKB accelerator operations.
Now this groove design has been included in the standard drawing of the input coupler for the ARES cavities, and
contributed to stable (Super)KEKB accelerator operations.
[Related papers, articles, reports, and presentations](時系列)
- 加速器の実ビーム軌道に基づくシンクロトロン放射光シミュレーションの研究 (2001~2007年)
[Motivations]
Some high-energy physics experiments using particle accelerators have suffered from bitter experience on backgrounds of synchrotron radiation coming from the accelerators,
where particle detectors could be severely damaged.
[Solutions]
We have developed a new calculation method of synchrotron radiation
based on a real beam orbit in an accelerator, aiming at quantitative estimations of synchrotron-radiation backgrounds,
and the construction of a possible alarm system for the background.
[Results]
We have successfully developed a new method to calculate synchrotron radiation based on a real beam orbit
with reasonable offset corrections, where the orbit is obtained by global fitting of several sets of measurements of beam-position monitors.
We have also successfully reproduced the Belle/SVD gain-drop accident quantitatively,
so that the practicability of our method has been established.
[Related papers, articles, reports, and presentations](時系列)
- 高エネルギー電子・陽子衝突におけるJ/ψ粒子の生成に関する実験的研究 (1999~2001年)
[Motivations]
Research of an intermediate region between soft and hard processes in strong interaction,
that was not yet well studied
[Solutions]
Measuring production cross sections of J/psi mesons (-->l+l-) in high-energy electron-proton collisions,
the results were compared with theoretical predictions from the Regge phenomenology (soft physics)
and from the perturbative QCD (hard physics),
providing a new and unique object for the QCD study with a clean signal of the leptonic final state.
[Results]
Measured cross sections were well described by theoretical models based on the perturbative QCD,
which indicates that the virtuality of the exchanged photon and/or the mass of the J/psi can be used in perturbative calculations as a hard scale
although the quark partons are confined in a shell of the hadron state.
[Related papers, articles, reports, and presentations](時系列)
- 素粒子標準理論における全てのファインマン・ダイアグラム(ツリーレベル)を含むレプトン対生成のモンテカルロ・イベント・ジェネレータの開発研究 (1997~2001年)
【背景・動機】
電子・陽子衝突反応におけるレプトン対生成プロセス(e p → e l+ l- X ) は、多くの素粒子実験データ解析において重要なバックグラウンドになり得る。
しかし、陽子側も含めて、全ての物理プロセスを実装したモンテカルロ・イベント・ジェネレータが存在していなかった。
【成果】
GRACE、SOPHIA、PYTHIA を矛盾なく繋ぐインターフェイスを開発し、レプトン対生成の完全なイベント・ジェネレータを開発した。
GRACEシステムは、それまで、電子・陽電子( e+ e- )などのレプトン衝突反応にのみ使われていたが、本研究において、
始状態に(陽子のような)複合粒子を含むプロセスへの本格適用に初めて成功した。
本研究で開発・公開したイベント・ジェネレータ「 GRAPE」(グレイプ)は、
これまでに多くの実験データ解析で使われてきており、
GRAPEの論文 は
110編以上の学術論文で引用されている。
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