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ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった、超弦理論の重要事実 その6

これまで3回にわたってアノマリーインフローについて説明してきました。その3でも書きましたが、ここまで全然「ポルチンスキーの教科書が書かれた後」ではありません。また、これからこの回で書くこともポルチンスキーの教科書が出版される前にわかっていたことです。しかし、その事実がその後注目され、現代の超弦理論では常識になっているのに書かれていない重要事実として、多くに人に知ってもらうためにこの記事を書いています。なぜなら「超弦を勉強するのに何がいいですか?Zweibach? Polchinski?」などと聞かれることがよくあるからです。そんなんじゃ全然たりないんですー!と言いたいのです。(ちなみに、Becker-Becker-Schwarz の教科書には(自分たちが(下のことを)見つけただけあって)第10章に出ています。なお、ここでは 2_kappa^2=1 2 と置いています。)

さて本題に戻って、前回、M5-ブレインのアノマリーが相殺されるためには、M理論の低エネルギー作用には11次元超重力にはなかった

S_mbox_scriptsiz-7

という項が必要なんだ、ということを書きました。この項は、X8 が時空の曲率の4次式ですから、微分を8個も含む高次微分項です。なので、微分を2個までしか含まない条件で作られた超重力には当然現れません。したがって、低エネルギーではローカルにはほとんど効かなくなりますが(微分が多いほど低エネルギーでサプレスされる)、グローバルには無視できない寄与をします。

この状況は、ヘテロティック弦のグリーン・シュワルツ項とよく似ています。これも、10次元超重力にはないが、ヘテロティック弦の(素朴には存在する)アノマリーがグリーン・シュワルツ機構で相殺されるために必要な項です。これも高次微分項でした。そして、グリーン・シュワルツ機構において B場がゲージ変換してしまうために、場の強さ H のビアンキ恒等式が dH=0 でなく

dH=_mbox_tr_R_we

に変更されたのでした。そしてさらに、このことから「(dH=0 なら)TrR^2 が0でないならば、TrF^2 も0にはできない」ということがわかります。もっとちゃんというと、左辺はコホモロジーとして0なので、それらは同じコホモロジークラスに属さなければならない、ということを意味します。つまり、「数式は言葉です。計算じゃない。」とおっしゃった受験物理のカリスマ、苑田さん流に言うと、「内部空間が曲がっていたら、内部ゲージ場も曲がっていなければならない」ということになります。この事実によって、ヘテロティック弦においてカラビ・ヤウのスピンコネクションをゲージコネクションに埋め込む standard embedding という考え方が初期のヘテロティック理論で考えられました。その一方で、SU(3) でない曲がり(カラビ・ヤウ 3-fold は SU(3)ホロノミー)をゲージバンドルでどう実現すればいいかは(これもポルチンスキーの教科書が出版されるのと前後して発表された)Friedman-Morgan-Witten の結果を待たなければなりませんでした。

それでは、今の S_mbox_scriptsiz-7 はどんな働きをするのでしょうか。それを見るために、前回のM理論のアクション

S_mbox_scriptsiz

S_11_,=_,_int_d^

S_mbox_scriptsiz-9
S_mbox_scriptsiz-7

から hat_C_3 の運動方程式を求めてみましょう。Form を使った式で書くと、結果は

d_ast_hat_F_4+_f

となります。

この式が欲しくて3回も記事を書いてきました。この式は hat_C_3 の運動方程式、あるいはその双対 hat_C_6 のビアンキ恒等式です。それが、ヘテロティックのときと同じように変更を受けている、と見ることができます。これは8次の微分形式ですが、ここで M理論をある境界のない8次元コンパクト空間 Z で3次元にコンパクト化するとして、その8次微分形式を Z で積分してみましょう。すると、最初の項は0になります。次の項は単にフラックスの積分 frac12_int_Z_hat です。その次の項は、M2ブレインが N-1 枚 Z に含まれていれば M_2_N になります。さて最後に、X_8 の積分は、計算してみると(カラビ・ヤウ、c1=0 の場合) Z のオイラー数のマイナス24分の1:

int_Z_X_8=-_frac

になることが示せます。よって結局

frac12_int_Z_hat-1

となります!これが示したかった式でした。

これはタドポール条件と呼ばれています。なにかのファインマン図形のような図形を書いたとき、1本の外線から書きはじめて、それ以外に別の外線がなくてループで終わるような物を書くとオタマジャクシのような形になります。それと同じように、内部空間にフラックスがどこかから湧き出したら、それがどこにも吸い込まれて行くところがないと困るので、タドポールがないようにせよ、と言うのです。この場合、時空の曲がり(オイラー数)がフラックスの吸い込みの役割を果たすことがわかります。この事実は、のちのフラックスコンパクト化を用いた超弦による初期宇宙論において、考慮されるべき重要な条件となったのです。

以上で「ポルチンスキーの教科書が書かれた後」、ではないのですが、ポルチンスキーには書いてなくて、「後になって『その重要性が』わかった」ことの一つを書くことができました!この事実は、11次元を3次元にコンパクト化するときの条件なので、4次元物理や素粒子の標準模型の実現とは全く関係のないことのように見えるかもしれません。ところが実はーこれもポルチンスキーに書いてないことですがーこの8次元多様体として楕円ファイブレーションを許す、つまり何かの6次元多様体上の各点各点に2次元トーラスが「生え」ているようなものの全体空間で表されるようなものを考えると、そのトーラスの体積→0 の極限で理論は3次元から4次元となり、しかもそのトーラスがつぶれたところから大統一理論に出てくるようなE型系列のゲージ対称性が実現するのです!これが「F理論」です。したがって、この制限は、現代の超弦による素粒子模型構築において、大変重要な意味をもっています。この F理論 についてもいつか記事を書かないといけないですね。次回はいつになるかわかりませんが . . . 。

 

ポルチンスキーの教科書が書かれた後になってわかった、超弦理論の重要事実 その5

春休みのちょっと時間のあるときに更新してしまおうと思ったのですが、アノマリーインフローを説明するのに3回にもなってしまいました . . . 。もっと簡単にできると思ったのですが、こういうサイト記事にすると結局いろいろ説明が必要でした。しかも「最近の研究から」とかいうカテゴリーなのに全然最近の研究の話じゃなくて、何やってるんだろう、という感じですが、ここまできたので話をまとめてしまいたいと思います。

前回までで、M5 ブレインのアノマリーの「アノマリー多項式」は、前回の記号で left.-_frac18_L(left._2_hat_A(E)-1 だ、ということをお話ししました。これを、前回のようにチャーンクラスで表すと-_frac18_cdot_fr-1

となり、さらにこれを前回書いたように 実ベクター束の曲率形式で表すと=_frac1_(2_pi)^4

となります。これを X_8 と書くことにします。この8次微分形式がM5 ブレインのアノマリーのアノマリー多項式です。

このアノマリー多項式から M5 ブレインのアノマリーは次のようにして得られます。まず、アノマリー多項式の常としてX_8  は完全、つまり d(なんとか) と書けます。これをX_8=dX_7^0と書いたとしましょう。この X_7^0 をゲージ変換、つまり今の場合はローカルローレンツ変換 delta したとすると、その変化分 delta_X_7^0 はまた完全になります。すなわちdelta_X_7^0=dX_6と書けます。この X_6^1 の ー2_pi 倍がアノマリー、つまり量子論的な有効作用をゲージ変換したときの変化分になります。

注 この時点では X_6^1 の +2_pi 倍なのか、ー2_pi 倍なのかよくわかりません。実際 Duff-Liu-Minasian のオリジナル論文では、この+2_pi 倍をキャンセルするように補正項をいれています。また、Becker-Becker オリジナル論文でもそうなっています。ところが後の Becker-Becker-Schwarz の教科書では補正項の符号が逆になっており((10.46)式)、それが現代のコンセンサスになっているようです。なお、 M理論でなくタイプIIA 理論において、Vafa-Witten によってDuff-Liu-Minasian より早くこのような補正項の存在が指摘されています。その結果はディラトンによらないので、タイプIIA 理論の強結合極限であるM理論にも対応する項が存在することが帰結されますが、その結果からはどちらの符号が正しいかは簡単にはわかりません(ユークリッド化されているので虚数 i が現れている)。しかし、その後の Sethi-Vafa-Witten では、-_int_B_wedge_X_ となっているのでBecker-Becker-Schwarz の教科書と同じ符号になります。また、Denef のレビューでは、補正項の符号は Becker-Becker-Schwarz の教科書と逆(Duff-Liu-MinasianやBecker-Becker オリジナル論文と同じ)ですが、 X_8 の積分が(後で見るように)オイラー数のー24分の1になるべきところ、+24分の1と思いっきり書いてあるので結果的に Becker-Becker-Schwarz の教科書の結論と同じになります。ここまで注でした

さて、こうしてやっと M5 ブレインのアノマリーの具体形を書くことができました!この X_8  は M5 の世界体積が曲がっていれば0ではありません。ということは、アノマリー(の ー2_pi 分の1) X_6^1 も0でない、ということなので、これはゲージアノマリーの一種なので、これはまずい、ということになります。ローカルローレンツアノマリーは一般座標変換のアノマリーとカウンタータームを付け加えることによって移り合いますから、このもとで理論が不変になっていない、ということは、エネルギー運動量が保存しない、ということを意味するからです。これをどうしたらいいでしょうか?

これを解決するのがアノマリーインフロー機構です。要するに、エネルギー運動量はブレインの外から流れ込んできているんだ!と考えるのです。

M5 ブレインは11次元時空に埋め込まれています。なので、 M5 ブレインだけを取り出して何らかの保存則を考えるのではなく、11次元全体で見れば保存していればいい、とする考え方です。この機構が実際に実現していることは、次のように数式で見ることができます。

まず、M理論の(ボゾニック)アクションを

S_mbox_scriptsiz

S_11_,=_,_int_d^

S_mbox_scriptsiz-9
S_mbox_scriptsiz-7

とします。S_11 はいつもの11次元超重力アクション、S_mbox_scriptsiz-3 は M2と M5 のブレインアクションです。(M_2-2 の前の符号は、普通の4次元電磁気学で(+ーーー)符号のときの荷電粒子の作用と同じ符号ですが、電磁気で(ー+++)符号の時にそうすると、Maxwell 方程式が divE=ーρ などとなることになります。しかし、別に間違いではないのでいろいろな文献と同じにしておきます。M_5-1 の前の符号の方は、正しくアノマリーインフローが起きるような符号になるように hat_C_6 が定義されているとします。)それらに加えて、ここではS_mbox_scriptsiz-4 という新たな項を入れました。この項があると何が起こるのでしょうか?

そのためには、これをゲージ(ローカルローレンツ)変換してみるとわかります。まず、X_8=dX_7^0 なので、部分積分すると、

S_mbox_scriptsiz-8

となります。d が 3-form を飛び越えるので、部分積分しても符号が変わらないことに注意してください。これをゲージ変換すると、delta_X_7^0=dX_6 ですからこれも部分積分すると、今度は飛び越えるのが偶数-form なので今度は符号が出て、


delta_S_mbox_scr-2

となります。すると、M5-ブレインがあるとそれはhat_F_4 のソースなので  d_hat_F_4_,=_,M_ を代入するとM5-ブレイン上の6次元積分になって、

delta_S_mbox_scr-3

となります。ここで、最後の行ではディラック・シュビンガー・ツバンツィガーのチャージ量子化条件を使いました。これはアノマリーのマイナスです!(上の  参照)したがって、このアノマリーインフロー項があると、 M5-ブレインのようなhat_F_4 のソースにはアノマリーが「流れ込ん」で、ちょうどアノマリーをキャンセルするのです!

ここまででやっと Duff-Liu-Minasian の紹介が終わりました。さて、ここから先、この項の存在の必要性がわかって、それが何を意味することがわかったのか、それがポルチンスキーに書いてない超重大事実だと言いたいのですが、それはやっぱりもう1回使って次の記事に書くことにしましょう。