研究目的

本計画の目的は、「超低速ミュオン顕微鏡」によるイメージング法(超低速ミュオン顕微法)を確立し、多様な物理・化学・生命現象の発現機構を、スピン時空相関という概念を導入して理解する新しい学術領域を開拓することにあります。

スピン偏極した正ミュオンは、物質に止まり崩壊する際のスピン方向への、空間異方的陽電子放出により、多くの臨界現象が起こるピコ秒からマイクロ秒までの広い時間域において、その微視的状態を高感度に検出するプローブです。磁気秩序、電子状態を、温度・圧力・磁場などの外部条件に制約されずに測定できます。この大きな特徴により、世界各地の加速器施設において、物質科学研究に用いられています。

超低速ミュオンは、熱エネルギー状態にある真空中のミュオニウム( 正ミュオンと電子の水素状原子;Mu)からレーザー解離法で得られるものです。さらにこれを加速収束させて3 次元的な顕微プローブを創ります。このようにして深さ方向にナノオーダーの局所性と走査性を創りだし、界面のスピン伝導や触媒反応、表面- バルク境界のヘテロ電子相関などの機構を微視的に解明する、新たな超低速ミュオン科学領域を拓きます。

「超低速ミュオン顕微法」は、物質の表面近傍から内部にわたる現象の走査的な観測により、表面とバルクの関係性を明らかにし、また界面という境界条件自体が作り出す諸現象の微視的機構を解明するものです。一方、生命科学においても生体の空間イメージングなどの新たな可能性を拓きます。加えて、さらなるビームの低温化・尖鋭化により、「標準理論」を越える素粒子/基礎物理のフロンティアを推進します。

図1 に、超低速ミュオン顕微鏡の特徴的な観測の空間スケールを示します。物質・生命の研究に最も必要なのは、(1) 物質表面から深さ方向にナノメータ― (nm)の分解能での連続走査性能、(2) サブミクロン(μm)分解能での物質内部3 次元走査性能、および、(3) マイクログラム(μg)を切る測定感度です。

第一段階ではミュオンの超低速化により、表面近傍の打ち込み深さ(横軸)を連続的に変化させ、nm 分解能での走査性能を実現します。
第二段階では加速によりビームを尖鋭化し、μmオーダーの微量試料の観測や、物質深部をサブμmオーダーのビームサイズ(縦軸)で2 次元マッピングする機能の完成を目指します。世界の研究者が、これらの局所性を目標としながら、他の方法では原理的な壁を越えることができませんでした。この新しい顕微法により、大強度陽子加速器施設(J-PARC)に物質・生命・素粒子基礎物理研究の世界的研究拠点を構築します。

図1
図1.超低速ミュオン顕微鏡で見える空間スケールと開発シナリオ