高輝度ミュオンマイクロビームによる透過型ミュオン顕微鏡イメージング
【研究目的】
光科学・加速器科学と電子顕微鏡学の究極的な融合により、透過型ミュオン顕微法を開発し、「生きた細胞まるごと1個の機能を観る」という新たな顕微鏡イメージングを確立します。電子顕微鏡の透過能では1μm厚を超える切片試料の観察は難しいが、電子より200倍重いミュオンは同じ速度で約200倍の試料透過能力を有しています。極小エネルギー分散の超低速ミュオンを再加速して得られるミュオンマイクロビームの量子可干渉性を直接証明(1)して、世界で初めてミュオンを波として利用し、電磁場を可視化する透過型ミュオン顕微鏡を実現します。
10μm厚試料の3Dイメージングと電子顕微鏡 表面分析手法の比較
超低速ミュオンを300 keVまで再加速して得られるパルスミュオンマイクロビームを用いてミュオン回折実験を行います。更に10MeVまで再加速したミュオンの透過能力と超低速ミュオン源の極小エミッタンス性を活用して、超高圧電子顕微鏡をもってしても到達不可能な10μm厚超領域のトモグラフィ3次元解析技術を確立します。ミュオンの高い透過能力は肉窓厚の環境セルの使用を可能にして、生きた細胞の微細構造の全貌、神経細胞のネットワーク微細構造等の透過観察を可能にします。
(1) ミュオン回折像を取得することで、ミュオンが波としての性質を持つ事を実証します。これは標準模型の第2世代以降の粒子の量子可干渉性の初の直接証明となる歴史的成果になります。
【研究計画】
超低速ミュオンを再加速して得られるパルスミュオンマイクロビームを用いて、ミュオンの量子可干渉性を史上初めて直接的に実験証明します。最終的に透過型ミュオン顕微法を確立するため、以下の研究項目を4班(A-D)がそれぞれ担当します。
(A) ミュオン再加速:誘導加速により300 keVまで加速し、ミュオンが波であることを実証。
更にマイクロトロン加速により10 MeVのミュオンマイクロビームを実現。
(B) 超伝導対物レンズ:電子より200倍重いミュオンを収束する超伝導対物レンズの開発。
(C) 透過イメージング:常伝導収束・投影レンズ及びミュオン画像検出器の開発。
(D) 顕微鏡用試料作製:透過型ミュオン顕微鏡の高い試料透過能力を活かした試料作製と観察。
透過型ミュオン顕微鏡構成図
【実用材料のイメージング】
再加速したミュオンが波であることの実証実験として、単結晶金薄膜試料を用いてミュオン回折像を取得します。金格子(408 pm)の回折角は300 keVの加速で0.38 mradです。1 mの距離で回折パターンを識別するために、真空対応の2次元イメージングセンサSOI検出器(分解能14 μm)を用います。
透過型ミュオン顕微鏡は、ミュオン再加速システムと顕微鏡レンズ系を接続して組み上げます。高い試料透過能力と電位分布検出感度を用いて厚みのある試料を観察します。イメージングには、重金属染色等を用いて試料のミュオン吸収分布を観察するミュオン吸収イメージング法と、カーボン薄膜で作成したミュオン位相差イメージング法の両方を採用します。解像度256x256ピクセルの像をダイナミックレンジ8 bitで取得するのに必要なミュオン数は2563個です。U-Lineにおいて想定される1枚の像取得に必要な時間は数10分から数時間程度です。
再加速したミュオンによる回折実験 再加速したミュオンによるミュオン顕微イメージング
神経細胞ネットワーク:
数10 μmに及ぶ神経細胞のネットワーク、更にそれを超えたスケールのシナプス等の微細な構造を3次元的に、環境セルを用いて生きた神経細胞の電気パルス応答の内部電位分布の変化を ns~μsの時間分解能で可視化します。単発現象については数万 K/sで急速凍結した細胞内部電位分布も可視化します。
加速器同期の電気刺激下での神経細胞の可視化 電気刺激直後の急速凍結試料の透過ミュオン3次元観察
半導体デバイス材料:
ミュオン位相差イメージング法は、電子線よりも波長が短く、より大きな位相変化を得ることができます。特にデバイスの内部電位分布を再現性良く可視化できることが重要で、厚さ数μmの太陽電池内等の半導体量子ドット内部電位分布の高感度計測が可能になります。また、パルス特性を生かして光照射時に励起キャリアの取り出しを妨げる要因を探求する診断法にも期待されます。
電池・磁石材料の結晶粒界:
微小結晶の集合体である電池や磁石等の結晶粒界(~10 μm厚)を観察することによって、電磁場印加時の粒界のダイナミクスを直接観察できます。電池分野では充放電に伴う電極物質の形状変化や電極/電解液界面での二次相形成等が電池の効率や寿命、信頼性に影響を及ぼし、実環境下での観察技術が求められています。ミュオンの高い試料透過能力は、電解液で満たした環境セル内のLiイオン電池の電極動作中観察を可能にします。
【ミュオン多段冷却法の開発】
空間コヒーレンス(エミッタンス)は多段冷却することで改善され、nm分解能でのイメージングが実現されます。レーザー解離によるミュオン冷却とミュオン再加速、再収束と再入射のプロセスを繰り返すことで、nm直径までビームを収束させることができます。このミュオン多段冷却法では、1段の冷却プロセスでエミッタンスは2桁以上の向上が得られ、3段冷却では分解能が1 nm程度に達します。透過型ミュオン顕微鏡の原理実証を最優先で行い、その後は10 μmまでの深さまで原子分解能で3次元観測を可能にする計画です。
透過型ミュオン顕微鏡の透過結像能力
ミュオン多段冷却法