PROJECT

プロジェクト

科学研究費 基盤研究(S)

フェムト秒時間分解X線溶液散乱による分子構造の超高速ダイナミクスの直接観測

 

【なにをする?】
 これまで溶液中の超高速化学反応の計測には、主に赤外から紫外域の時間分解分光法が用いられてきました。これらの時間分解分光法は価電子帯の電子状態や分子振動に関する情報を与える一方で、分子構造に関しては間接的な情報に限定されます。分子構造に関する直接的な情報を与える有力な測定法は、分子結合長と同程度の長さの波長を有するX線による回折・散乱現象を利用した時間分解測定法です。本研究課題では、フェムト秒〜ピコ秒オーダーの時間分解X線溶液散乱法により、液相での超高速な分子構造変化の直接観測を目指します。
 
【どうやって?】
 これまで液相の超高速化学反応の計測においてX線が使われていなかったのは、パルスX線光源の利用が一般的でなかったことが原因でした。しかし、元来、大型加速器である放射光リングから得られるX線は100ピコ秒程度の時間幅を持っており(図1)、また近年ではフェムト秒オーダーの極短パルス幅のX線を発生させるX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)が日本、米国を始めとする世界各地で建設され、その短パルス特性を活かした先端研究が世界中で急速に発展しています(図2)。これまでに我々の研究グループでは、KEKの蓄積リング光源(PF-AR)と理化学研究所のXFEL光源(SACLA)を相補的に利用して、シアノ金錯体(Au(CN)2-)の水溶液系において、光励起後に金原子間に結合が形成する過程を0.5ピコ秒〜100ナノ秒の時間域で観測することに世界で初めて成功しています(図3、文献1)。本研究課題では、従来の蓄積リング放射光源から得られる100ピコ秒X線(図1)と、XFEL施設から得られるフェムト秒X線(図2)をさらに相補的に活用して、フェムト秒オーダーの超高速な化学反応における分子ダイナミクスを、X線散乱法により直接観測することを目指しています。
 
【なにができる?】
 超高速X線溶液散乱法は、分子構造に関する直接的な情報を与える手法であるという点で極めてユニークな測定手法であると同時に、他の時間分解分光法と相補的な情報を与える測定法です。この実験手法を広く液相の光化学反応に適用することにより、基礎化学における計測のための新たな基盤技術を創出し、「分子の動きを動画で見る」ことを実現します。
 
【文献】
1. K. H. Kim, J. G. Kim, S. Nozawa, T. Sato, K. Y. Oang, T. W. Kim, H. Ki, J. Jo, S. Park, C. Song, T. Sato, K. Ogawa, T. Togashi, K. Tono, M. Yabashi, T. Ishikawa, J. Kim, R. Ryoo, J. Kim, H. Ihee & S. Adachi
"Direct observation of bond formation in solution with femtosecond X-ray scattering"
Nature, 518, 385-389 (2015).
doi:10.1038/nature14163

図1

高エネルギー加速器研究機構の
Photon FactoryとPF-AR
(茨城県つくば市)

蓄積リングから放射されるパルス幅約100ピコ秒のX線パルスを利用した実験が実施可能です

図2

理化学研究所のSACLA
(兵庫県佐用郡)

X線自由電子レーザー施設から放射されるパルス幅約10フェムト秒のX線パルスを利用した実験が実施可能です

図3

光励起反応に伴うシアノ金錯体の
超高速構造変化

水溶液中のシアノ金錯体の分子構造変化をフェムト秒時間分解X線溶液散乱計測によって測定することに世界で初めて成功しました(文献1)