ピラミッド・ミューオン透視 (Pyramid muography)

宇宙線ミューオンを使ってエジプトのピラミッドの内部構造を調べようという話。
対象は
ギザの大ピラミッド (Great Pyramid)
別名クフ王ピラミッド (Khufu's Pyramid) とも呼ばれる一番有名なピラミッドです。

Great Pyramid

高エネルギー物理学の手法を用いて内部構造を解明しようという ScanPyramids project の一環です。
KEK の他に、名古屋大学とフランス CEA (French Alternative Energies and Atomic Energy Commission) が参加しています。
それぞれのグループが各自の測定器を持ち込んで相補的な測定を行う。
日本グループのまとめ役は NHK。
資金も全て NHK の負担。

ミューオン透視 (muon radiography or muography) とは宇宙線ミューオンを使って見えない物の内部構造を調べる手法です。
これまでに、火山や福島第一原発原子炉の調査に使われてきました。


成果

大回廊上方に未知の空間が広がっていることを発見

K. Morishima et al., Discovery of a big void in Khufu's Pyramid by observation of cosmic-ray muons,
Nature 552 (2017) 386


NHKスペシャル「シリーズ古代遺跡透視」
大ピラミッド 発見!謎の巨大空間

総合テレビ2017年11月4日(土)午後9時放送


1. KEK 測定器

KEK での仮組立KEK グループの持ち込んだ測定器は、高エネルギー物理実験では馴染み深いプラスチック・シンチレーターアレイである。プラスチック・シンチレーターは断面が 1 cm 角の正方形で長さが 120 cm の棒状。各シンチレーターには中心軸に直径 1 mm の穴が開けられており、そこに波長変換バーが埋め込まれている。シンチレーターの外面は白色塗料で遮光されており、これを 120 本並べて 120 cm 角の面を作る。これをアルミニウムフレームとアルミニウム板で覆って基本構造が完成する。このアルミ筐体の一辺には、波長変換バーの片端に接する様に、各 シンチレーターに一個ずつ MPPC 光センサー (浜松ホトニクス S13360-1350CS) が配置されている。宇宙線ミューオンの通過によってプラスチック・シンチレーター内で発生した光は波長変換バーを通って端部まで導かれ、MPPC で電気信号に変換される。どのシンチレーターが発光したかを測定することによって宇宙線ミューオンの通過位置の 1 次元情報が得られることになる。

以上の構造は、設置する向きは別にして、基本的に原子炉透視に用いられたものと同じであるが、ピラミッド透視用測定器では可搬性を良 くするためにプラスチック・シンチレーター 60 本ずつの二つの面に分割して、運搬中は二つ折りにできる様になっている。 この様な測定器を水平に二層重ね、互いに 90 度回して配置することによって、1 cm の精度で 2 次元位置を測定する。さらにこの二層構造を上下二ヶ所にある程度離して配置することによって、上方から降り注ぐミューオンの 2 次元方位を測定する。

測定器面 (二つ折)各測定器層にはそれぞれ MPPC からの信号をデジタル化するための DAQ box が取り付けられている。DAQ box と MPPC は、 MPPC 用直流電源と信号伝達のためにチャンネル毎に同軸ケーブルで繋がれている。DAQ box では外部から供給される 1 MHz の同期信号に合わせてヒットパターンが生成され、このデータは Ethernet ケーブルを通してデータ収集用コンピューターに送られる。データの品質チェックのために、DAQ box 内ではより細かい信号到着時刻の測定も行われて送信される。パソコン内ではモニターの為の簡易解析が行われ、データはハードディスクに格納される。格納す るデータには特に選別は行わなかった。データレートは当初は 0.8 Hz 程度で、2017 年 1 月の移動後は、視野角が広がったために 1.3 Hz 程度に増加した。

DAQ box は内部に AC-DC 変換器も備えており、各測定器層は AC 電源を繋ぐだけで独立に動作する様になっている。AC 電源以外に必要なものは、全体を同期させるための同期信号と Ethernet ケーブルだけである。測定器の重量は、DAQ box を含めて各層が約 70 kg、サポート用アルミニウムフレームなどを含めると全体では 400 kg 程度になる。


2. 測定器のインストールと測定

大ピラミッド:既知の内部構造 大ピラミッド (クフ王ピラミッド) は、本来、底面が一辺 230 m の正方形で高さが 146 m の四角錐だったと推定されているが、表面を覆っていた化粧石が失われたために、現在は一辺の長さが平均で 3 m ほど小さくなっている。さらに、高さ 139 m 以上の石も失われている。内部には三つの部屋が存在することが知られており、その内地上にあるのは「王の間」と「女王の間」の二つである。「王の間」の上 部には「重量軽減の間」と呼ばれる構造がある。本来の入口からは、「下降通路」、「上昇通路」を経て、壮大な「大回廊」と呼ばれる上昇通 路、さらに「控えの間」と呼ばれる小部屋を通る短い水平通路を通って「王の間」にたどり着く。しかし、「下降通路」の下端は巨大な石で塞がれているため、 現在は「アルマムーの盗掘孔」と呼ばれている通路を通って「上昇通路」に至ることになる。「上昇通路」から「大回廊」に向かわずに「水平通路」に入ると 「女王の間」にたどり着く。

上昇通路水平通路

KEK 測定器は 2016 年 8 月に「女王の間」に設置された。しかし、「女王の間」に至る通路はかなり狭いため運搬作業はかなり困難であった。「上昇通路」と「水平通路」の高さは 1.2 m ほどしかない。さらに、「アルマムーの盗掘孔」から「上昇通路」に入るためには、急な階段を登り、手摺を超えて荷物を運ぶ必要があった。日本から送った特 製運搬車の通関が遅れたため、現地の屈強な若者を雇って手で運んでもらうことになった。さらに、「水平通路」は急拵えの台車で運んだ。運搬作業は重 大なトラブルもなく終了することができたが、いくつか問題も発生した。多分運搬中に手荒く扱ったせいだと思われるが、8 チャンネルが破損した。この 8 チャンネルは測定期間中そのまま放置された。

女王の間内に設置された測定器測定器の損傷

測定器はまず「女王の間」の南東端付近に設置され、上下二層構造間の距離は 1.5 m に設定された。ピラミッドは外形だけでなく内部構造も非常に良い精度で緯度線経度線に平行に成っているということなので、「女王の間」の壁を基準にして設 置し測量を行った。これが大きく違っていれば、その効果は既知の構造の測定結果に現れるはずである。

さて、測定器に必要な AC 電源であるが、本測定器は KEK で製作されたので、当然 100 V 電源で動作する様に作られている。しかし、エジプトの AC 電源は 240 V である。この電圧変換と電源品質改善のために日本から AVR を送っていたので、照明などのためにピラミッド内部に引き込まれている電力線にそれを繋いだ。さらに、短時間の停電も良くあるということなので AVR の後に UPS も設置した。これらで雷などによるサージ電流も除去できるはずである。雷も結構発生するという事前情報があった。これで万全かというとそうでもない。長時間の停電にも備える必要もある。DAQ box は電源が遮断されればデータ収集を中断し、電源が復帰すればリセットされて再開するので問題はない。問題はデータ収集用コンピューターである。本測定ではノートパソコン を使用したので数時間の停電は問題ない。しかし、万全を期すために、外部電源を失った際にはスリープと復帰を繰り返して電池の消耗を防ぐ設定を導入した。実際、 測定の最初の数日間は、主にピラミッド職員間の情報の不徹底に起因したのだが、停電が頻発した。それによって、奇しくも、我々の測定器システムは 16 時間を超える停電があっても自動的に測定を再開できることが実証された。

下面測定器上に置かれた各種機器光センサーとして使われている MPPC は出力の温度依存性が大きいことが知られている。このため、透視測定用の測定器では DAQ box に温度センサーが繋げられ、その測定結果に応じてデジタル化の閾値が調整される様になっている。ところが、何故か温度センサーが 通関できないという事態が発生してしまった。ピラミッド内の温度は非常に安定しているという事前情報があったのでそのまま測定を行うことにしたのだが、念 のため市販の温度計を購入してデータ収集のために雇った現地協力者に確認してもらうことにした。結局、事前情報通り、測定器周辺の温度は 26 度から 27 度で非常に安定していることが分かった。

この他に、何故かネットワーク制御の電源タップとネットワークスイッチが通関できなかった。前者は DAQ box が何らかの原因で動作不良を起こした際に電源の off/on を行ってリセットする為のものである。幸いにもこのようなリセットが必要な事態は 2017 年 12 月の「女王の間」での測定終了までに一度しか発生しなかった。その際は前出の現地協力者に手動での off/on を行ってもらった。一方で、ネットワークスイッチはデータ収集に必須の装置なので無しでは済まされない。現地の街中の電器店で購入した。日本からは GbE スイッチを送ったのだが、手に入ったのは 100 Mbps の物だけだった。しかし、データ収集にはこれでも問題なかったようである。ただし、当然のことながら現地の 240 V 電源で動作するものだったので、当初はピラミッド内の電源に直接接続した。これでは UPS はほとんど意味がなくなっていたことになる。DAQ box とコンピューターが生きていてもネットワークスイッチが動いていなければデータ収集はできない。

測定はインストール作業完了直後にスタートした。ピラミッド内部ではネットワークは利用できず携帯電話の電波も届かないので、現地協力者に定期的 に (週に一度以上) 測定状況をチェックしてもらい、コンピュータに記録したデータを USB メモリーにコピーしてもらった。コピーしたデータはインターネット経由で KEK に送ってもらった。送ってもらったデータは 1 日当たり 1 GB 程度であった。前述の電源に関する初期トラブルの後は安定した測定が続き、2016 年 9 月初めには AC 電源ラインの増強が行われてさらに安定した測定が保証された。女王の間内の設置位置

測定開始から 5 ヶ月後の 2017 年 1 月、名古屋大学チームから報告された新構造の詳細測定のために、測定器を「女王の間」の南西端付近、最初の設置場所から 2.9 m 西に移動した。この際に、視野角を広げるために、上下二重層間の距離を 1.0 m に狭めた。さらに、現地購入のネットワークスイッチが 100 V AC でも動作することが判明したため、その電源をコネクター変換器を通して UPS の出力につなぎ直した。これで、当初計画した通り、短時間の停電では停止しないシステムが完成した。この新しい位置での測定は公式には 9 ヶ月間、2017 年 10 月末まで行われた。この公式な測定終了後も測定器はそのまま放置され、定期的なチェックなどは無しであるが、2018 年 2 月初めまで測定が継続された。


3. データ解析

得られたデータからミューオンの二次元方位分布が得られる。この分布をシミュレーション結果と比較することによって未知の構造の探索を行う。データの分布 とシミュレーション結果の比をとれば、シミュレーションが適切ならば、シミュレーションで考慮した構造の効果が相殺されるはずである。残った構造があれば 「新発見」である。ここで比をとらずに差をとることも可能であるが、その場合は比較する両者の規格化が問題になる。比をとるとこの問題は避けられる。実際 に、この方法で「大回廊」上方の新構造の影響がはっきりと確認できる。さらに、様々な仮定でのシミュレーションと比較することによって、新構造の位置や 形を知ることができる。解析の詳細についてはここでは解説しない。


4. おまけ

以上が KEK 測定器でのピラミッド透視に関する解説だが、興味を持たれた方は以下のたわ言もご覧いただきたい。


December 26, 2019, S. Odaka