
17. 輻射崩壊による Λ(1405) の内部構造解明
核子、核子の励起状態、その他大多数のバリオンの質量は、qqq の組成を仮定した単純な
クォーク模型により理解できるが、Λ(1405) の質量については実験値と大きく異なること
が知られている。このため、Λ(1405) は
¯
KN の分子的束縛状態であると予想されている。
最近では、
¯
K が原子核に存在する K 中間子原子核の実験研究が J-PARC などの加速器施
設で研究されており、その基礎となる
¯
KN の分子状態としての Λ(1405) の内部構造は、ま
ず解決されるべき課題である。本研究で、Λ(1405) の輻射崩壊幅 [Λ(1405) → Λγ, Σγ] を用
いて、Λ(1405) 内の
¯
KN 存在割合である複合度が特定でき、分子状態であるか否かの判別
ができることを示した [21]。特に、この電磁輻射過程は E1 遷移であるため、束縛系の大き
さにより崩壊幅が大きく異なり、分子構造かコンパクトなクォーク束縛状態なのかを区別
できると考えられる。そこで、輻射崩壊幅の実験値を用いて Λ(1405) の複合度を調べた。
まず、理論的に中間子・バリオン中間状態のループ効果を考慮して、Λ(1405) → Λγ, Σγ
の崩壊幅を計算し、崩壊幅と Λ(1405) 複合度との関係を理論的に示した。次に、Λ(1405)
と πΣ との結合定数を Λ(1405) → πΣ の崩壊幅から決め、πΣ の複合度が 0.19 程度である
ことを示し、πΣ 分子構造が Λ(1405) の主要構成要素でないことを明らかにした。また、輻
射崩壊幅 Γ
Λγ
, Γ
Σγ
の測定値と実験誤差を考慮して、それらの値と Λ(1405) 複合度との関
係を示した。輻射崩壊幅は正確に測定されていないが、現時点の実験値と理論計算を比較
することにより、Λ(1405) の複合度が 0.5 よりも大きい結果を得た。従って、輻射崩壊幅か
ら Λ(1405) の主要構成要素は
¯
KN であることを明らかした。また、Λ(1405) の質量が 1424
MeV と 1381 MeV である場合についても、崩壊幅と複合度との関係を示した。正確な複合
度を決定するには、高い実験精度で輻射崩壊幅を求める必要があり、将来の J-PARC 実験
に期待したい。
18. 日本の核物理の将来レポート、核子構造
21 世紀になり、日本には世界最高性能の加速器施設 J-PARC, KEKB と RIBF が完成し、
RCNP, ELPH とともに、これらの実験施設を利用して多角的にハドロン原子核物理の研
究を進めることが可能になった。また、大型計算機の性能についても著しい発展があり、
計算機物理学も進展した。他方で、世界には LHC, RHIC, JLab, GSI などの主要加速器施
設があり、これらの施設を用いた原子核物理学にも日本の研究者は参加している。これら
の加速器で展開される物理は多岐にわたっているが、原子核研究者は各自の研究分野に専
念するあまり他分野の理解が進んでいない可能性がある。また、J-PARC や RIBF は当初
の計画から実現まで 20 年以上かかっていることから、これらの施設で行われる物理に関
して再検討が必要である。そこで、核物理委員会の提案により、日本の核物理の将来研究
計画をまとめた報告書を 2013 年に作成し [22]、今後進むべき方向性を示した。この報告書
は、不安定核物理、精密核物理、ハイパー核・ストレンジネス核物理、ハドロン物理、高
エネルギー重イオン衝突による物理、核子構造の物理、核物理的手法による基礎物理、計
算核物理の原子核物理の全分野を含むものである。また、この改訂版を 2021 年に発表した
[2]。これらの論文の中で、熊野は核子構造分野の執筆に貢献した。核子構造部分では、ス
ピンパズルを説明し、因子化とパートン分布関数、偏極構造関数とレプトン・陽子散乱お
よび陽子・陽子衝突について解説し、これら実験データの包括的解析によって決定される
偏極パートン分布関数の状況を説明した。また、横偏極現象の解明と高次ツイスト効果研
究の現状を示し、核子スピンのパートン・スピンと軌道角運動量への分解について説明し
た。特に、核子スピンの起源を特定するためには、軌道角運動量の寄与を特定する必要があ
り、そのための3次元構造関数を解説した。また、これらの構造関数に関する格子 QCD や
有効模型による理論的な理解についてまとめ、最後に将来の実験計画 (CERN-COMPASS,
RHIC, Fermilab, KEKB, JLab, EIC, J-PARC) を紹介した。
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