生涯都市つくばへの提言


はじめに

つくばは科学の町であり、日本全国から研究者が集まる。それと同時に集まった研究者が年をとると共に去っていく町でもある。なぜなら、国家公務員には定年があり60才あるいは63才でこの町での働きを終えることが宿命だからである。研究の第一線に立ってきた人間にとって60才は、まだ隠居生活に早すぎる。会社の研究顧問や地方大学の教官として次なる立場で研究を続けようとするのが通常である。
だから、研究者は、つくばを去って行く。都市とは人々が生まれ育ち、活動し、一生を貫く場であるはずだ。定年とともに人々が去っていくのは都市としての大きな欠陥であろう。定年後をつくばで有意義に過ごす道はないのだろうか?つくばを通り過ぎる街ではなく、永住の街とするための方策を考えたい。

提言

つくばに、定年退職した研究者をメンバーとした研究施設「つくば科学アカデミー」あるいは「つくば総合研究所」を作る。この施設の特異な事は、定年がなく、永年所属できる替わりに、給料は出ないと云うことである。メンバーは年金で生活することが基本となる。無給だから、自治体で運用するとしても出費はたいしたものではなく、予算的には十分に実現可能である。要は、定年になった研究者に居場所を与えるのである。研究室と電話とネットワーク回線。これだけがあれば毎日「出勤」することができる。もちろん、図書やセミナーのための部屋もあれば欲しい。よく「箱もの行政」などという非難が寄せられることがあるがこの場合、極端に言えば箱ものさえあればよい。おそらく図書室は各人が持ち寄った図書ですぐに蔵書豊富になるであろうし、セミナー室は内容の濃い研究会などの企画で埋まるにちがいない。なにしろ、昨日まで研究の第一線で活躍してきた人のあつまりである。

研究者にとっての魅力

研究者にとって定年とはやっかいな存在である。60才になって能力の衰えを感じる研究者は少ない。しかし、一方では若い研究者の独創性を引き出すためには後進に道を譲るのが科学者としての責務であることも確かだ。
業績をあげた研究者であれば地方の大学などで教授ポストを得ることもできるが、やはり65才位で再び定年となることが目前に見えている。私立大学での再雇用も、研究者の実績に応じた処遇とは言えない場合が多い。人にもよるが、勉学意欲に欠ける初年度学生のマスプロ講義に明け暮れることが苦痛になるケースもある。不本意ながらもなんとかアカデミックな環境を保持するために苦慮しているのが、大方の場合である。
もし、つくばで永年研究室が持てるなら、給料は支払われずに、生活はつましい年金暮らしをするとしてもはるかに内容豊かな生活が送れる。多くの研究者が、つくばを離れて第二の職場を求めるよりもつくばに腰をすえる道を選ぶにちがいない。
地の利を活かして、もとの職場から最新の研究状況を手にいれることも出来る。やり残した仕事のデータも間近にあるから心強い。もちろん、大型装置を使っての華々しい研究を行って来た人には研究のスタイルの大きな区切りとなるだろうだが大抵の人は、今までの多忙な毎日から解放されてじっくりと今までの仕事を集大成する機会をもちたいと思っているはずであり、このような変化は望むところであることが多い。
研究室があればネットワークを通じて世界の学界ともつながりを続けられる。給料が支払われなくとも所属する研究機関があることで外国研究機関からの招聘も受けやすい。おそらく、外国とつくばを行き来しながら生活する人が多くなるだろう。
所属する研究機関があることはさらに大きなメリットがある。文部省の科研費をはじめとする各種研究資金の受け入れが可能なのである。今後、いわゆる「競争的研究経費」が増加して行くと言われているが所属研究機関があれば、これらの研究費を獲得する事もでき、研究活動の継続はさらに容易となる。
それだけでなく、従来、省庁別に分かれ、同じつくばにありながら交流が少なかった異分野の研究者とも、ここで交わりが生まれ、新たな発想を期待することも出来る。組織を背負わない自由な立場となることのメリットが生きてくる。場合によっては研究者にとって定年後のほうが本当の意味での充実した研究生活になるかも知れない。もちろん、給料をもらっていないのだから目先の業績に追われる必要はない。

街づくりへの寄与

地方自治体が効果的な行政サービスを行い、産業施策や街づくりを行う時、じっくりと考えて施策を検討する事の出来る研究機関を持っていることが有効であり、そのような研究所をもつ自治体もある。しかしながら、通常は、よほど豊かな自治体でもなければ一流の人材を集めることはおぼつかない。つくばの場合、定年後の人材を集められる地の利があるといえよう。しかも、自分自身がこの街に住み続けているのであれば真剣な取り組みが行われる。つくば科学アカデミーは行政のニーズにも十分答えることができる。街の国際的対応についても、研究者は国際的な活動を行ってきているので力になれる場合が多い。 つくばは各種の研究機関がそれぞれに成果を挙げながらも、連携して有機的に機能しているとは言えない。だから、科学の町でありながらつくばは、どこか研究とすれ違ってしまっているところがある。本来それではいけないと意識しながらも、研究者は自分の研究に閉じこもり街をどうするかを考える余裕を持っていない。現職を退き、組織のしがらみを持たない自由な立場の研究者が存在することは省庁間の壁を破り、街全体としての機能を発揮してつくばを寄せ集めでない真の意味での研究学園都市に成長させるだろう。
街づくりは市議会などを通じて様々な意見を吸い上げるかたちで行われる。物事には良い意味での政治性が必要なのである。しかし、現状では研究者は公務員という身分もあって政治がからめば身を引いてしまうところがある。定年後つくばに住んだ場合、街づくりにも知恵を出しあうことに問題はない。市議会へ科学者としての知見を持ち込む人も出てくるだろう。
本来、街は障害者も健常者も、現役で働いている人も定年で現役を退いた人もいて成り立つ。つくばの場合、研究者が定年と共に街から消えていくという極めて奇形的な構成が、まともな街づくりを阻害してきたのではないだろうか?つくばは高齢者とまともに向き合ったことがない。科学の街でありながら、高齢者となると農業経験者などに偏り、若い年代は高齢者を自分の未来と重ね合わせることが出来ない。世代間の対話を進めるには、科学者をはじめとするうるさ型の高齢者が増える必要がある。
 いまだに言われる新住民と旧住民の溝も、つくばで骨を埋める科学者が増えることにより、おのずと埋まって行くだろう。仮の住処ではなく、一生を託す街であれば、街に対する愛着も対等である。住宅も躊躇なく持ち家で建設する人が増えるだろう。

産業振興への寄与

つくばに研究学園都市ができたことによる地元の産業振興への恩恵はまだまだ十分とは言えない。研究者が公務員であるため、省庁の枠に閉じこもり、地元産業からの要請も受けにくいところがある。何よりも、外国や他の研究機関との競争に直面している現役の研究者に地元の産業振興の課題を持ち込むことには敷居が高い。しかし、「つくば科学アカデミー」の場合、研究者はすべて定年退職者であることがわかっている。相談をもちかけるほうもやりやすい。公務員でないから民間企業との協力も問題がない。省庁の壁もなく、異分野の研究者の間の交流がなされておれば、相談する側も個別の研究者の領域だけでなく、他の研究者からの協力も期待できる。様々なベンチャービジネスの発端もできてくる。現役時代に生み出した技術を企業化するといった事業もこの施設を基盤として行うことができるだろう。定年後もつくばに住み続けると考えた場合、自ずと研究者の意識も地元の産業とのかかわりや、研究成果の社会還元を意識するようになる。ここから産業振興への新しい発想も生まれてくる。これからのビジネスは国際的なマーケットを視野に入れなければ成り立たない。国際化と云う点で研究者は一歩も二歩も進んでいるので地元の産業が国際進出する場合に例え研究分野と離れていても手助けできることが多いだろう。

具体化への試案

このような定年後の研究者に対する恒久的な研究室提供は最低限、建物と水光熱で事足りるものであり、十分に実現可能であることを先に述べたが、この施設をさらに有効なものとするためには今一つの工夫がいる。
この施設が本当の価値を発揮するためには、社会的にも認知され、ある程度の権威を持つことが必要なのである。先に述べた研究費の獲得にも、一定の権威が役立つ。権威ある機関の運営のためには各人が運営に責任をもつ自治の体制が望ましい。図書や資料の管理、セミナーの開催、メンバーの選任等を責任をもって円滑に行うためには100%公的資金にたよるのではなく、むしろ資金を出し合い、責任を明らかにするほうが良い。建物や運転経費に公的な補助が欲しいが、メンバー自身も出資すべきである。このことでメンバーの運営責任と権利がはっきりする。
メンバーの選任には会員の会議を持ち、現役時代の業績をもとに厳正な評価を行う。相撲の年寄株のようなものをイメージしたい。所員の権利は終身であるが、新たに所員となるには業績審査を受けた上で、離脱する本人または死去した所員の遺族から所員権を買い取らねばならない。
逆に100%民間出資で設立することも考えられないわけではないが、地域コミュニティーとの結びつきを強くもち、地域への貢献を意識するには自治体がからんでいたほうが良いし、定年退職後の年金生活では、「つくば科学アカデミー」の事務経費や水光熱料をすべてまかなう経済力はない。うまい形の半官半民が望ましいだろう。

結論

つくばを通り過ぎる町から、生涯を過ごす街にする方策として無定年、無給の研究機関を作る事を提言した。ここでの提言は、十分に実行可能な予算規模のものであり、つくばが真に町として成熟するためには必ず必要なことと思われる。学生生活を終えた段階でつくばに来たつくば育ちの研究者が定年をむかえ始めるまであと10年。それまでにぜひとも生涯都市としてのつくばを実現したいものである。