定年無し給与無しの研究所
ソフィアポリス 構想
 
  • はじめに
  • 定年の意味
  • 現状はどうか
  • 新しい型の研究施設
  • 研究者にとっての魅力
  • 地域にとっての魅力
  • 産業にとっての魅力
  • 運営をどうするか
  • 財源をどうするか
  • むすび
  • はじめに
    つくばは科学の町であり、 日本全国から研究者が集まる。それと同時に集まった研究者が年をとると共に 去っていく町でもある。なぜなら、公務員には定年があり一定の年齢に達すると この町での働きを終えることが宿命だからである。研究の第一線に立ってきた人間 にとって急に活動を停止することは考えにくい。会社の研究顧問や地方大学の教官 として次なる立場で研究を続けようとするのが通常である。だから、研究者は つくばを去って行く。都市とは人々が生まれ育ち、活動し、一生を貫く場である はずだ。定年とともに人々が去っていくのは都市としての大きな欠陥であろう。 定年後をつくばで有意義に過ごす道はないのだろうか? つくばを通り過ぎる街ではなく、永住の街とするための方策を考えたい。

    定年の意味
    人間が年をとり、十分な活動ができなくなれば働きを停止して、社会の保護を受ける。 この年齢を法的に定めたのが定年であろう。人口の高年齢端に位置する僅かの部分が これにあたるはずだ。しかし、今や人口の年齢構成が変わり60才以上はもはや労働 人口の枠外とするには大きすぎる部分となっている。実際、ほとんどの研究者が 60才で能力の衰えを意識するに至っていない。しかしながら、ノーベル賞の対象と なるようなオリジナルな仕事がどのような年齢で行われたかを見てみると、やはり若 い時代に限られることは明白である。社会一般には、定年を延長し、現役で働き続け ることが順当であっても、科学者としては若い世代の本当に価値のある仕事を生み出 すためには、退くことも必要である。能力がなくなって退くのではない。能力がある からこそ、若い世代を指導してしまい、本当にオリジナルな仕事をする新しい世代を 生み出せなくしてしまうのである。若い研究者の独創性を引き出すためには後進に道 を譲るのが科学者としての責務である。
     

    定年後の現状
    学齢人口が増えず、経済も伸びがない状況では一般に再就職は難しくなってきている。 それでも、業績をあげた研究者であれば地方の大学などで教授ポストを得ることもで きる。が、やはり65才位で再び定年となることが目前に見えている。私立大学での 再雇用も、研究者の実績に応じた処遇とは言えない場合が多い。人にもよるが、 勉学意欲に欠ける初年度学生のマスプロ講義に明け暮れることが苦痛になるケースも ある。不本意ながらもなんとかアカデミックな環境を保持するために苦慮している のが、大方の場合である。

    新しい型の研究施設
    つくばに、定年退職した研究者をメンバーとした研究施設「ソフィアポリス」を作る。 この施設の特異な事は、定年がなく、永年所属できる替わりに、給料は出ないと云う ことである。メンバーは年金で生活することが基本となる。無給だから、自治体で 運用するとしても出費はたいしたものではなく、予算的には十分に実現可能である。 要は、定年になった研究者に居場所を与えるのである。研究室と電話とネット ワーク回線。これだけがあれば毎日「出勤」することができる。もちろん、図書や セミナーのための部屋も欲しい。よく「箱もの行政」などという非難が寄せられるこ とがあるがこの場合、極端に言えば箱ものさえあればよい。おそらく図書室は各人が 持ち寄った図書ですぐに蔵書豊富になるであろうし、セミナー室は内容の濃い研究会 などの企画で埋まるにちがいない。なにしろ、昨日まで研究の第一線で活躍してきた 人のあつまりである。

    研究者にとっての魅力
    もし、つくばで永年研究室が持てるなら、給料は支払われずに、生活はつましい 年金暮らしをするとしてもはるかに内容豊かな生活が送れる。多くの研究者が、 つくばを離れて第二の職場を求めるよりもつくばに腰をすえる道を選ぶにちがい ない。
    地の利を活かして、もとの職場から最新の研究状況を手にいれる ことも出来る。やり残した仕事のデータも間近にあるから心強い。もちろん、大型装置 を使っての華々しい研究を行って来た人には研究のスタイルの大きな区切りとなる だろうだが大抵の人は、今までの多忙な毎日から解放されてじっくりと今までの仕事 を集大成する機会をもちたいと思っているはずであり、このような変化は望むところ であることが多い。
    研究室があればネットワークを通じて世界の学界ともつながりを 続けられる。給料が支払われなくとも所属する研究機関があることで外国研究機関 からの招聘も受けやすい。おそらく、外国とつくばを行き来しながら生活する人が 多くなるだろう。
    所属する研究機関があることはさらに大きなメリットがある。 文部省の科研費をはじめとする各種研究資金の受け入れが可能なのである。今後、 いわゆる「競争的研究経費」が増加して行くと言われているが所属研究機関があれ ば、これらの研究費を獲得する事もでき、研究活動の継続はさらに容易となる。
    それだけでなく、従来、省庁別に分かれ、同じつくばにあり ながら交流が少なかった異分野の研究者とも、ここで交わりが生まれ、新たな 発想を期待することも出来る。組織を背負わない自由な立場となることのメリット が生きてくる。場合によっては研究者にとって定年後のほうが本当の意味での充実 した研究生活になるかも知れない。もちろん、給料をもらっていないのだから目先 の業績に追われる必要はない。

    街づくりへの寄与
    地方自治体が効果的な行政サービスを 行い、産業施策や街づくりを行う時、じっくりと考えて施策を検討する事の出来る 研究機関を持っていることが有効であり、そのような研究所をもつ自治体もある。 しかしながら、通常は、よほど豊かな自治体でもなければ一流の人材を集めることは おぼつかない。つくばの場合、定年後の人材を集められる地の利があるといえよう。 しかも、自分自身がこの街に住み続けているのであれば真剣な取り組みが行われる。 ソフィアポリスは行政のニーズにも十分答えることができる。街の国際的対応につ いても、研究者は国際的な活動を行ってきているので力になれる場合が多い。 つくばは各種の研究機関がそれぞれに成果を挙げながらも、連携して有機的に機能 しているとは言えない。だから、科学の町でありながらつくばは、どこか研究とすれ 違ってしまっているところがある。本来それではいけないと意識しながらも、研究者 は自分の研究に閉じこもり街をどうするかを考える余裕を持っていない。現職を退き、 組織のしがらみを持たない自由な立場の研究者が存在することは省庁間の壁を破り、 街全体としての機能を発揮してつくばを寄せ集めでない真の意味での研究学園都市に 成長さ
    せるだろう。街づくりは市議会などを 通じて様々な意見を吸い上げるかたちで行われる。物事には良い意味での政治性が 必要なのである。しかし、現状では研究者は公務員という身分もあって政治がから めば身を引いてしまうところがある。定年後つくばに住んだ場合、街づくりにも 知恵を出しあうことに問題はない。市議会へ科学者としての知見を持ち込む人も出 てくるだろう。
    本来、街は障害者も健常者も、現役 で働いている人も定年で現役を退いた人もいて成り立つ。つくばの場合、研究者が 定年と共に街から消えていくという極めて奇形的な構成が、まともな街づくりを阻害 してきたのではないだろうか?つくばは高齢者とまともに向き合ったことがない。 科学の街でありながら、高齢者となると農業経験者などに偏り、若い年代は高齢者 を自分の未来と重ね合わせることが出来ない。世代間の対話を進めるには、科学者 をはじめとするうるさ型の高齢者が増える必要がある。
     いまだに言われる新住民と旧住民の 溝も、つくばで骨を埋める科学者が増えることにより、おのずと埋まって行くだろう。 仮の住処ではなく、一生を託す街であれば、街に対する愛着も対等である。 住宅も躊躇なく持ち家で建設する人が増えるだろう。
    産業振興への寄与
    つくばに研究学園都市ができたことによる地元の産業振興への恩恵はまだまだ十分 とは言えない。研究者が公務員であるため、省庁の枠に閉じこもり、地元産業から の要請も受けにくいところがある。何よりも、外国や他の研究機関との競争に直面 している現役の研究者に地元の産業振興の課題を持ち込むことには敷居が高い。 しかし、「ソフィアポリス」の場合、研究者はすべて定年退職者であることがわ かっている。相談をもちかけるほうもやりやすい。公務員でないから民間企業との 協力も問題がない。省庁の壁もなく、異分野の研究者の間の交流がなされておれば、 相談する側も個別の研究者の領域だけでなく、他の研究者からの協力も期待できる。 様々なベンチャービジネスの発端もできてくる。現役時代に生み出した技術を企業 化するといった事業もこの施設を基盤として行うことができるだろう。

    具体化への試案
    このような定年後の研究者に対する恒久的な研究室提供は最低限、建物と水光熱で 事足りるものであり、十分に実現可能であることを先に述べたが、この施設をさら に有効なものとするためには今一つの工夫がいる。「ソフィアポリス」の強みは組織 や給与にしばられない自由な発想と異分野との交流にある。この事は大切にしなけれ ばならない。下手ににプロジェクトや組織をもてば、「普通の研究所」となってしまい、 若い働き手がいない分だけアクティビティの低い二流のものになってしまう。 「ソフィアポリス」ではあくまでも確立された 個人が基本である。「ソフィアポリス」のメンバーは、必要ならばベンチャービジネス や研究組織をポリスの外に作ることにする。
    対等な確立された個人の集まりを運営 するためには各人が運営に責任をもつ自治の体制が望ましい。図書や資料の管理、 セミナーの開催、メンバーの選任、共用予算の執行は全員の参加で行う直接制民 主主義の体制をとる。ギリシアの都市国家になぞらえ、ソフィ(=知恵)ア・ポリスと 名付ける由縁でもある。
    建物も出来れば このような考え方を体現したものがほしい。円形ドーム型で 独立した研究室は確保されていながら、一歩研究室を出れば共用空間で 全員が顔を合わせる構造はどうだろう。 円形に並んだ研究室に囲まれた中央のアゴラ(=広場)であり、ロビー と集会場と図書室の空間となる。 所員は個人を尊重されながらも、蛸壷に閉じこもって孤立することは防ぐ構造だ。 責任をもって円滑に行うためには100%公的資金にたよるので はなく、むしろ資金を出し合い、責任を明らかにするほうが良い。 このことでメンバーの運営責任と権利がはっきりする。

    メンバーの選任には会員の会議を持ち、 現役時代の業績をもとに厳正な評価を行う。社会的にも認知され、ある程度の権威 を持つことが必要なのである。研究費の獲得にも、一定の権威が役立つ。相撲の年 寄株のようなものをイメージしたい。所員の権利は終身であるが、新たに所員となる には業績審査を受けた上で死去した所員の遺族から所員権を買い取らねばならない。 逆に言えば、遺族にとっては所員権は必ず換金できる遺産であるから、 家族からも支出に抵抗は少ないだろう。
    100%民間出資で設立することも 考えられないわけではないが、地域コミュニティーとの結びつきを強くもち、地域へ の貢献を意識するには自治体がからんでいたほうが良いし、定年退職後の年金生活 では、「ソフィアポリス」の事務経費や水光熱料をすべてまかなう経済力はない。 地方自治体は前に述べた地域社会への貢献のほか、直接的にかなりの税収にも なるので、十分に出費する価値がある。うまい形の半官半民が望ましいだろう。

    結論
    つくばを通り過ぎる町から、 生涯を過ごす街にする方策として無定年、無給の研究機関を作る事を提言した。 ここでの提言は、十分に実行可能な予算規模のものであり、つくばが真に町として 成熟するためには必ず必要なことと思われる。学生生活を終えた段階でつくばに来 たつくば育ちの研究者が定年をむかえ始めるまであと10年。それまでにぜひとも 生涯都市としてのつくばを実現したいものである。


    常陽新聞の懸賞論文に選ばれた原文に加筆したも のを掲載しています。御意見をwake@post.kek.jpに お寄せ下さい。
    3月26日の常陽新聞記事
    毎日新聞記事