(原題: What is Occam's Razor?)
「オッカムの剃刀(かみそり)」 は、14世紀の論理学者にして フランチェスコ会士であったオッカムのウィリアム [1]によるものとされる原理である。 オッカムとは彼ウィリアムの生地で、イギリスは サリー(Surrey)領にあった村[2]の名である。
この原理は以下のように宣言する:
「むやみに実体の数を増やしてはならない。」
ときには、原典に忠実なるよう、元のラテン語の形 [3]で引用される:
実際には3番目の形に書き遺(のこ)したのは後の学者であって、 ウィリアム自身の記した(うち現存している)のは最初の2つの形だけである ([Thorburn 1915] ,[Thorburn 1918])。 ウィリアムは、この原理を多くの結論の理屈付けに用いたが、その中には 「神の実存を論理のみから導くことはできない」 という 所説も含まれていた。 (当時の)教皇の間でウケが良くなかったこともまた道理か。 [4]
この「オッカムのカミソリ」を、科学者にとって 最も役に立つ形に書けば、それは次の通り:
「 まったく同じ予言をおこなう2つの理論が手元にあったときには、 単純なほうの理論が、よりよい理論である。 」
物理学ではこのカミソリを、 机上の空論に過ぎないような概念を削ぎ落とすのに用いる。いい見本は、 「エーテル」の中での運動における ものさしの収縮や時計の遅れを論じたローレンツ(H. A. Lorentz)の理論と、 (慣性系間の)時空の変換を論じたアインシュタイン(A. Einstein)の 特殊相対性理論とを比較した場合に見られる。 2人の理論における方程式の形は相等しいが[5]、 ローレンツやマクスウェルの方程式を受け入れると、「エーテル」が検出 不可能であることに、アインシュタインは気づいた。そのようなものは、 オッカムのカミソリによって、(理論から)排除されるべきである。
この原理は、量子力学における不確定性を正当化するのにも用いられてきた。 ハイゼンベルグ(W. K. Heisenberg)は、光の量子性と観測の効果から、不確定性 原理を論理的に導いた。 スティーヴン・ホーキング(Stephen Hawking)が 「ホーキング、宇宙を語る」[Hawking 1989] のなかで説明している通り:
「 (決定論は不確定性の発見により粉砕された…)そうはいうものの、 何だか知らないが自然界の掟を破った知的生命体が存在して、 その手にかかれば、世の中のすべての出来事を決定してしまえる ような法則を一組、想像するだけはすることができるだろう。 だけれど、われわれ血の通った生き物たちにとって、 こういう風な宇宙モデルは、どうにもわくわくしない代物だ。 それなら、いっそのこと、オッカムのカミソリ様にご登場願って、 理論の髭面から観察することのできない特性をきれいさっぱり 剃り落としていただいた方が、ちょっとはマシというものだろう。 」
とはいうものの、不確定性やエーテル不要がオッカムのカミソリ「だけ」から 引き出せるわけではない。同じ結論を与える2つの理論の仕分けはできるが、 それとは別の、与える結論が異なるかもしれない理論を却下したりはしない。 そこまで踏み込むには、経験の裏付けがなければならない。オッカム本人は 経験主義[6]の立場で議論したので あって、その反対の立場に立っていたのではない。
エルンスト・マッハ(Ernst Mach)[7]は、オッカムの
カミソリの一変種ともいえる、以下のような、
「思惟(しい)経済の原理」を主唱した。
「
科学者たるもの、結果にたどり着く最も単純な方法を用いるべきである。
そして感覚によって得ることのできないことは何であれ排除すべきである。
」
上の論理を突き詰めていくと、この哲学は、「観察し得ぬものは存在せず」との
信念、いわゆる「実証主義」[8]を導く。
マッハは、時間空間の概念の絶対性に異議をはさみ、その点でアインシュタインに
影響を及ぼしたのみならず、さらに分子論に対して実証主義を当てはめた。
マッハや彼の後継者たちは「原子・分子や思弁的モデルにすぎない」
と主張した[9]。
なぜならば、分子なるものは小さすぎて、それを直接検出する術がないから。
それは、分子論が、化学反応や熱力学を見事に説明したにもかかわらずの
ことであった。
思惟経済によりエーテルや絶対座標の概念を追放した
当のアインシュタインが、ほとんど同じ時期に、
ブラウン運動に関する論文を出し、分子の実在を確定して、
実証主義へ一撃を食らわしたのは皮肉である。
教訓: 「むやみにオッカムのカミソリを振り回してはならない。」
オッカムのカミソリは、 「けちの原理」 や 「単純さの原理」の名でも知られ、しばしば、一層強い主張を 帯びた形で引き合いにだされる。
「 2つの理論がある時には、 真偽を明らかにできる証拠が新たに挙がるまでは、 一番単純な理論を用いよ 。」
「 幾つかの現象を説明するのに一番単純なやりかたが、 他のあまたの複雑な説明よりも、正しい説明としての見込みがある 。」
「 問題を解くのに、2つの同等でよく似た解き方があったら、単純な方を採れ 。」
「 `天下り'の数が一番少ない説明が、一番もっともらしい 。」
そしてもう一つ、忠告そのものを体現するかのような短さの…
「単純に考えるんだな!。」
元の原理が装いも新たに、どんな風に強調されてしまったか、 とくと御覧あれ。 当初は、どんな実験に対しても同じ結果を予言するような 複数の理論[10]をふるいにかけるために、 オッカムのカミソリを用いた。 ここでは、予言の中身が食い違う理論にオッカムのカミソリを振るってみようか、 としているのだ。 それなら、代わりに予言の中味の方を検討してみたらどうか? もちろん、しなけりゃいけない場合もありうるのだけれど、さて自分がまだ 手を染めたばかりで、実験などするにはまだ早いという段階だったらどうか? ただ専ら、理論を推し進める指針を探しているところである、 そう想像してみよう。
この「けちの原理」の源をたどれば、少なくともアリストテレスにまで
さかのぼる[11]。アリストテレスはこう書き遺した:
「
自然の働きは、ありとあらゆる無駄を省いたものである。
」
アリストテレスはこの原理を信じて、
「実験も観察も必要ない」と先走りした[12]。
「単純さの原理」は経験則として機能するものである。
これを物理学の公理であるかのごとくに引用する輩もいるけれども、
笑止。
哲学や素粒子物理では確かに役には立つが、宇宙論や心理学ではこれがそうそう
うまくはいかない。これらの分野では、物事はなかなか、事前に期待したような
単純な話では済まないのだ。
単純さといっても主観の問題で、 森羅万象が単純さを目指すといっても、いつでも我々と同じ事をもくろんでいる わけではない。 理論家として成功した人たちは、(理論の)単純さに加えて、 (その)対称性や美しさのことを、よく口にする。 ポール・ディラック(P. A. M. Dirac)[13]が 1939 年にこう言っている[PAMD 1939]。
「 大自然の基本法則を数式に表現しようと努力する研究者は、数学的な美しさを 手に入れられるよう専心すべきです。 単純さを要求すれば、しばしば美しくあろうとするのと同じ結果を招きますが、 どちらかを取らざるを得なければ、後者(=美)を優先としなければなりません。 」
けちの原理は、洞察や論理や科学的方法と置き換えはきかない。 結論を出したり、その結論を守ったりする際に、決してあてにされるべきではない。 無条件で正しさを保証できる決め手としては、 論理的につじつまがあっていること、それと経験の裏付けがあるのみである。 ディラック自身は、自分自身のやり方で大成功した。 電子に対する相対論的場の方程式を構成、そしてそれに基づいた 陽電子の予言[14]。 しかしディラックは、別に物理学が数学的な美しさだけを頼りにするべきだと 言っていたわけではない。 物理学の理論は実験で確かめられなければならない ― そのことの真価を、本人は 全面的に認めていた。
警句のトリは、語り継がれるべき箴言の名手、かのアインシュタイン [Einquote]に委ねよう。
「 理論はできるだけ単純にせよ、限度ってものはあるが。 」
「 単純だけど、そのくせ間違った答えってのが、 難しい問題には付き物なのさ。 」[15]
参考文献(in original):
訳注:
<URL: http: //www.miyazaki-mic.ac.jp/faculty/agoddu/ockham.html>によれば、
William of Ockham
(1285-1347)
(snip) ... Ockham probably died in 1347, not 1349.
URLサイトの筆者から元ねたを教えていただいた:
一方、<URL: http: //www.utm.edu/research/iep/o/ockham.htm> は1349説を採り、1347説は明白に誤りとする。 真相はいずこ。
なお原文に「ウィリアムは Franciscan monk である」とあるが誤り (正 → Franciscan friar)。ラテン語綴りは Guillelmus de Ockham。 英語では2様あるが、最近の高校教科書はみんな Ockham ですね。
(<URL: http: //www.cs.monash.edu.au/~lloyd/tildeMML/Notes/Ockham.html>によれば、
(snip) ... the spelling `Occam' is frequently used
in connection with W(illiam of Ockham).
)中世のスコラ学者の中でも、スコトゥス派に属した(しかしのちに袂を分かつ)、 唯名論(あるいは名目論, nominalism)の代表格。 スコトゥス派は、ドゥンス=スコトゥス (Johannes Duns Scotus, 1266/74-1308/09)に始まる、 知識と信仰の峻別を図ったスコラ学派の一; トマス派と対立(いわゆる普遍論争)。
いわゆる「オッカム学派」の隆盛は本人の死後の話。 またロジャー=ベーコン(1214?-1292)はこれらの動きの前。
William came from Ockham
which is near Guildford, S.W. of London,
just off junction 10 of the M25 with the A3.
Medieval spelling was "rubbery"
and while the village is now named `Ockham', ...
作業仮説の効用を説き、感覚要素と科学理論との関連を追求する。 思惟経済説を唱える。経験批判論の先駆。
多くの意味において実証主義者ではなく、唯物論や機械論からは遠かった。 今日の目からは、実証主義に反駁した物理学的現象論者とみなされる (野家啓一の見解[野家 1994])。
著書に 「感覚の分析」(1896初版, 邦訳1971), 「力学」(1883初版, 邦訳1969, 1976), 「熱学の諸原理」(1896初版, 邦訳1978) などがある。
【実証主義 positivism】用語自体はサン=シモンに始まる(当然positivisme)。 (2)確信(3)積極性(4)独断(論)の意もあり。 19世紀末には既に語意は拡散・変質し、「唯物論」や「機械論」と類義となり もっぱら論難に用いられたようだ。
positive は、natural に対し、 「神または人間の意志が働いて設定されたもの」を第一義とする。
19世紀末〜20世紀初頭に大論争があり、気体運動論・統計力学の開拓者 ボルツマン(Ludwig Boltzmann,1844.2.20-1906.9.5)の自殺の遠因とされる。
そういえば、最少の労力で全自然を説明する仮説を見出したいと望む輩を ボルツマンは「仮説鍛冶屋」(Hypothesenschmiede)とからかっていたそうだ。 これは十中八九ニュートンやアインシュタインのことではないだろう。
参考文献(訳者補遺):
蛇足: Isaac Newton (1642-1727; 彼もペストに翻弄された!) の言 「吾仮説を作らず」の真意
ニュートンの主著の一つ「自然哲学の数学的諸原理 Principia mathematica philosophiae naturalis」 (世界の名著 26, 中央公論社, 1971 に収録)、いわゆる「プリンキピア」の 巻末に近く、重力の原因について論じた段("Scholium generale")中で
しかし、実際に重力のこれらの特性の根拠を現象から導くことは、 私にはこれまでのところできなかった。 しかも私は仮説を捏造しない。 ( Rationem vero harum gravitatis proprietatum ex phaenomenis nondum potui deducere, & hypotheses non fingo. ) というのは、現象から導き出せないものは、どのようなものであろうと「仮説」 と呼ばれるべきだからである。
ここで「作らず」が "non fingo" となることに注意 [fingo←fingere←feign(英); 1729 の英訳で Andrew Motte は frame と誤訳]。 余談だが草稿の段階では「避ける」 fugio であったとか。
むしろ、同書第三篇「世界体系について」はじめにある 「哲学することの諸規則 Regulae Philosophandi」 (伏見譲はこれをマッハ力学で「推理の規則」とした) の方が方法論的に重要であり、おそらくニュートンの真意にも近い。 (以下河辺六男訳に従って引用する。)