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G-インフレーション理論の提唱

 
横山順一
東京大学大学院理学研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター教授

横山順一

 

ビッグバン宇宙論の困難

  私たちは現在、観測可能な470億光年もの巨大な差し渡しに亘って大域的に一様で、ユークリッド幾何学の成り立つ平らな空間によってできた宇宙に暮らしています。このことは、宇宙が熱い小さな状態から始まり、万有引力のもとで次第に速度を緩めながら膨脹して現在に至った、というビッグバン宇宙論のもとでは理解できない、たいへん奇妙な性質です。宇宙が開闢してから各時刻までに直接信号をやりとりできた距離のことを、その時刻の「地平線半径」,地平線半径を半径とする球形領域の境界を「宇宙の地平線」と呼びますが、緩やかに膨脹するビッグバン宇宙論では地平線半径は、各時刻での宇宙年齢の数倍に光速を掛けた程度の値を持ち、時間に比例して大きくなっていきます。
  一方、宇宙を一様に満たす電波放射である宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙がイオン化したプラズマ状態から電気的に中性な水素原子で満たされるようになった時点、いわゆる宇宙の晴れ上がり(宇宙開闢後38万年)の時の状態を直接伝えてくれる生きた化石です。光子はプラズマ中では電子に散乱されてしまい、まっすぐ進めませんが、宇宙が中性原子で満たされるようになると、まっすぐ進み直接観測可能になるからです。この直進する光子からなる宇宙マイクロ波背景放射は,当時の地平線半径の60倍以上の半径をもつ現在の地平線上でも4桁もの精度で等方的であることが観測されています。これはビッグバン宇宙論の大きな矛盾です。

インフレーション宇宙論

  これを解決するのが、初期宇宙に急激な加速膨張期を与え、地平線を急拡大してしまおうというインフレーション宇宙論です。インフレーション的急膨張が起これば、それまであった凸凹も引き伸ばされてしまうので、宇宙が平らな空間になることも合わせて説明できます。インフレーションは、それ以前に存在した凸凹だけでなく、ミクロなスケールに生成し続ける量子論的なゆらぎまで引き伸ばすので、宇宙全体を一様等方化すると共に、各スケールにほぼ同じ大きさの微小なゆらぎを仕込む役割を果たします。これが宇宙マイクロ波背景放射の5桁目に観測されている温度ゆらぎの起源や銀河・銀河団などの宇宙の大規模構造の起源を与えてくれます。
  このようにビッグバン宇宙論のさまざまな問題点を解決してくれるインフレーション宇宙論ですが、その提唱以来30年、数多くのモデルが提案されてきました。インフレーションが起こるには、現在観測可能な宇宙全体がほぼ一定のエネルギー密度を持ち続ける状態が暫く続かなければなりません。これは宇宙全体がある種のポテンシャルエネルギー、すなわち位置エネルギーのように状態だけで決まるエネルギーによって支配され、そのエネルギー密度がほぼ一定に保たれれば、実現します。そのほか、スカラー場という、空気中の温度のように宇宙空間の至る所で値を持っている物理量が、宇宙膨張によらず一定のエネルギー密度を持ち続けても、インフレーション的宇宙膨張を起こすことができます。

すべての模型を包含するインフレーション理論

  わたしたちは、こうしたさまざまなインフレーションモデルを全て包含する、G-インフレーション理論というモデルを構築しました。これは、インフレーションを起こすスカラー場と重力場の発展方程式が全て二階までの微分で表される最も一般的な理論です。
  物理学の既知の基礎法則は一般に二階までの微分方程式で表せます。例えば、ボールの運動を記述する古典力学の運動方程式は、ボールの質量×加速度=ボールに働く力、という形をしています。速度というのは単位時間に位置がどれだけ変化するかを表すので、位置の一階時間微分、速度の変化率である加速度は同様に速度の一階時間微分なので、これは位置の二階時間微分、ということになります。これによって初期時刻での位置と速度を与えれば、いつどこにボールが届くか、予言できるのです。また、電磁気学のマクスウェル方程式から得られる電磁波の波動方程式も、時間と空間座標に関する二階微分方程式になっています。
  G-インフレーション理論は発展方程式を導くもとの理論としては、6階までの微分項を含んでいるのですが、そこから発展方程式を導くと、こうした高階の微分項がうまく打ち消し合い、これは2階微分方程式を与える最も一般的な理論になっています。またこの理論の大きな特徴として、スカラー場という物質と曲率テンソルという時空の幾何学構造を表す変数が、一体的に扱われるため、結果としてアインシュタインの一般相対性理論自体もその中に自動的に含まれている、ということが挙げられます。つまり、宇宙の入れ物と中身が一つの理論として一体的に記述されるのです。

検証の統一的プラットホームを提供

  こうした理論的な興味もさることながら、今後ますます盛んになる、観測と理論の突き合わせ、つまり、観測データに基づいてインフレーションモデルを同定する研究が、G-インフレーションの登場によって、大きく変わることが期待されます。すなわち、これまでは各インフレーションモデルについて個別に観測と比較していたものが、全てのモデルを包含するG-インフレーションを詳しく解析すれば済むようになるのです。例えば、現在スイスにある素粒子加速器LHCによってヒッグス粒子が見つかることが期待されていますが、ヒッグス場によってインフレーションを起こす理論はこれまで3通りあることが知られていました。私たちはこれをG-インフレーションの考え方のもとで再考察し、これらがいずれもG-インフレーションのある特別な場合に対応することを示すと共に、今まで知られていなかったモデルをあと二つ発見しました。このように、ヒッグスインフレーションもG-インフレーションとして解析すれば、さまざまなモデルを一度にテストすることができるのです。