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アクシオンと位相欠陥

    

KawasakiMasahiro

東京大学宇宙線研究所教授

川崎雅裕

 

強い相互作用におけるCP問題


素粒子の間には、重力、電磁気力、弱い力、強い力の4つの基本的な力(相互作用)が働くことが知られています。この内、強い相互作用は原子核を構成しているクォークやグルーオン呼ばれる素粒子の間に働く力で、SU(3)という群で表現される対称性を持つゲージ相互作用に基づいた量子色力学という理論で記述されています。この強い相互作用ではCP対称性が保たれていることが実験的に確かめられています。CP対称性とはC変換(粒子を反粒子へ反転)とP変換(空間反転)を同時に行ったときに理論が不変になる対称性です。しかし、強い力を記述する量子色力学ではCP対称性を破る項が存在し、その大きさはθというパラメターで特徴づけられ、θの値は1と比べてあまり小さくないのが自然だと考えられます。つまり、理論的には有限のθが期待されるのに、実験的にはθがゼロであることが要求されている。これが強い相互作用におけるCP問題です。

アクシオン


この強い相互作用におけるCP問題を解は1977年にPecceiとQuinnによって与えられました。彼らは新たにU(1)対称性を持つ複素スカラー場を導入し(U(1)対称性は複素スカラー場の位相を変えても理論が不変だという対称性)、その位相をθと見なすことによってθを力学変数とし、θ=0 (つまりCP不変)がスカラー場のポテンシャルを最小とする解として力学的に得られることを示しました。このメカニズムはPeccei-Quinn機構と呼ばれています。アクシオンはPeccei-Quinn機構で予言される新しい粒子で、上述の複素スカラー場の位相方向に対応するスカラー場です。アクシオンは非常に軽い素粒子でその質量は0.001eV以下(電子の質量の20億分の1以下)だと考えられています。しかし、宇宙初期にはアクシオン場のコヒーレントな振動に起因してアクシオンが非熱的に数多く生成され、現在宇宙のエネルギー密度の20%程度を占める正体不明の暗黒物質の有力な候補になっています。

位相欠陥


現在の素粒子の標準模型では、素粒子に働く4つの力のうち電磁気力と弱い力は電弱相互作用として統一され、2つの力をSU(2)×U(1)という群で表される対称性を持ったゲージ理論で統一的に記述することに成功しています。そこで、素粒子物理の次のステップとして期待されるのは電弱相互作用と強い相互作用を含めた大統一理論です。大統一理論ではより大きな対称性を持つゲージ理論によって重力をのぞくすべての力が統一的に記述されます。

説明: Macintosh HD:Users:kawasaki:Dropbox:Document:University:科研費:新学術H21-25:axion_wall:domain_wall.pdf

図1


それでは、大統一理論と宇宙の進化とはどう関わっているのでしょうか?宇宙初期の非常な高温状態では大統一理論で想定されるような力の統一が起こり、真空は大きな対称性を持っていたと考えられます。ここで、素粒子物理学における真空は空っぽの空間ではなく、ポテンシャル・エネルギー最小の場を意味し、そこでは素粒子の生成・消滅が起きます。この高い対称性は、宇宙膨張によって温度が下がるにつれ、ある種の相転移が起こり、より低い対称性を持つ真空に変化していったと考えられます。この真空の相転移が起こる際に、位相欠陥と呼ばれるものが生成されます。位相欠陥の生成は大統一理論に限ったものではなく、もっと一般的に、対称性が破れる真空の相転移の際にも起きます。

説明: Macintosh HD:Users:kawasaki:Dropbox:Document:University:科研費:新学術H21-25:axion_wall:wall_pot.pdf

図2

位相欠陥生成のメカニズムをもっとも簡単なモデルで見てみましょう。真空の相転移で重要な役割を果たすのはヒッグス場です。いま、図1のようにヒッグス場(H)のポテンシャルが高温(赤線)と低温(青線)で与えられたとしましょう。このポテンシャルはヒッグス場の符号をかえる変換(H → −H)に対して形が変わらないのでこの変換に対する対称性があります(Z2対称性)。高温ではポテンシャル・エネルギーが最小になる真空はH=0です。この真空は、H → −H変換に対する対称性があります(ゼロは符号を変えてもゼロ)。しかし、温度が下がるとポテンシャル・エネルギーの最小となるのはH=H+またはH=H−となります。これらの真空はH → −H変換をすると別の真空になるので対称性が壊れています。このようにヒッグス場が有限の値を持つことによって真空の持つ対称性が壊れてしまうことを自発的対称性の破れと呼びます。今考えている例では温度が下がると真空はH=H+またはH=H−になりますが、どちらの真空をとるかは宇宙の場所によって異なります。したがって、宇宙でのヒッグス場の値は図2のようになります。ここで注目したいのは異なる真空の境界です。ヒッグス場は連続な値をとるのでH+とH−の領域の境界ではH=0となるところかが必ず存在します。H=0ではポテンシャル・エネルギーが大きいので、結局境界にエネルギーの高い壁ができることになります。これが位相欠陥の一種のドメイン・ウォールです。このモデルで明らかなようにスカラー場の符号の反転のような離散的な対称性が自発的に破れるときにはドメイン・ウォールが生成されます。さらに、U(1)対称性のように連続的な変換に関する対称性の場合には、その対称性の破れのパターンによって、1次元的な位相欠陥のコスミック・ストリングや点状の位相欠陥のモノポールが生成されます。

アクシオンの宇宙論的進化と位相欠陥

説明: Macintosh HD:Users:kawasaki:Dropbox:Document:University:科研費:新学術H21-25:axion_wall:PQscalar_pot.pdf

図3


  強い相互作用がCPを保存するために提案されたPeccei-Quinn機構で導入されたスカラー場とその位相方向に対応するアクシオン場は宇宙論に極めて大きな影響を与えることが分かっています。私たちはこれから説明するようにアクシオン・モデルで現れる位相欠陥の宇宙論的進化について数値シミュレーションを用いて研究しました。


  まず、Peccei-Quinn機構で位相欠陥がどのように生成されるかをみていきます。宇宙のごく初期にスカラー場が持っていたU(1)対称性が自発的に破れ、コスミック・ストリングが生成されます。このアクシオン・モデルで作られるコスミック・ストリングはアクシオン・ストリングと呼ばれます。U(1)対称性が壊れた後の真空は図3のワインボトムのようなポテンシャルの底の部分の円周になります。この円周方向(=位相方向)の自由度がアクシオン場とみなせます。図からも分かるように円周に沿ってポテンシャル・エネルギーは一定なので位相θは宇宙の場所ごとに−πからπまでの勝手な値をとります。U(1)対称性の破れで生成されたアクシオン・ストリングはアクシオンを放出しながらエネルギーを失い、ホライズンの中に約1本のストリングが存在するスケーリング解と呼ばれる分布を形成します。

 

説明: Macintosh HD:Users:kawasaki:Dropbox:Document:University:科研費:新学術H21-25:axion_wall:axion_pot.pdf

図4

  アクシオン場(=θ)はワインボトム型のポテンシャルの底の円周に沿ってポテンシャル・エネルギーが一定であることからその質量はゼロです(質量はポテンシャルのθに関する2階微分に比例します)。しかし、宇宙の温度が1GeV程度になると、量子色力学の非摂動的効果によって質量を獲得し、位相方向のポテンシャルは図4のようになります。ここで、ポテンシャルが最小となるθの値がN個(図の例では3個)現れます。この数Nはアクシオン・モデルによって異なり、アクシオンが質量を獲得した後は、N個の離散的な真空が存在します。宇宙は場所ごとにどれか1つの真空に落ち着くので、結局、離散的対称性が自発的に壊れドメイン・ウォールができます。ただし、すでにストリングが生成されているので、新たに生成されるドメイン・ウォールの端には必ずストリングが存在し、ストリングからN枚のウォールが広がっているような構造をしています。Nが1の場合はその端にストリングがある円盤状のドメイン・ウォールになり、自分自身の張力で潰れてしまい、大量のアクシオンを生成します。

説明: Macintosh HD:Users:kawasaki:Dropbox:Document:University:科研費:新学術H21-25:axion_wall:wall_N3.pdf

 

図5


  一方、N>1のアクシオン・モデルでは、生成されるドメイン・ウォールは非常に複雑なネットワークを形成し、崩壊することなくすぐに宇宙のエネルギー密度を支配し深刻な問題を引き起こします(ドメイン・ウォール問題)。図5は私たちが行ったシミュレーションの結果[1]で、N=3の場合のストリングとドメイン・ウォールのネットワークを再現したものです。図で白がストリング、3色の面が3種類のドメイン・ウォールを表しています。N>1のドメイン・ウォール問題はθのポテンシャルに僅かに離散的対称性を破る項を付け加えることによって避けることができると考えられてきました。なぜならこの場合N個の真空のうち本当にエネルギーが最小になっている真の真空は1つだけになり、ドメイン・ウォールが生成されても、その後、全空間が真の真空になるように力が働き、ドメイン・ウォールが崩壊する(潰れる)からです。この場合N>1のドメイン・ウォールもストリング・ウォールのネットワークが進化する過程や崩壊する過程でアクシオンが生成されます。

位相欠陥からのアクシオン放出


  上で述べたように、アクシオン・モデルに現れる位相欠陥からはアクシオンが放出されます。この放出されたアクシオンのエネルギー・スペクトルについて長年未解決の論争がありました。アクシオン・ストリングに関しては、放出されたアクシオンのエネルギー分布は宇宙の地平線に対応するエネルギーに鋭いピークがあるか、分布が高エネルギーまで広がっているかで論争がありました。また、ドメイン・ウォールからのアクシオンに関しては典型的エネルギーがアクシオン質量程度という主張ともっと大きなエネルギーを持つという主張がありました。位相欠陥から放出されるアクシオンの典型的なエネルギーがどうなっているかは宇宙論的にはとても重要で、典型的エネルギーが低ければ、位相欠陥が同じエネルギーを失う際、より数多くのアクシオンを放出する必要があり、現在の宇宙におけるアクシオンの質量密度は大きくなります。実際、エネルギー・スペクトルの違いによって現在のアクシオン密度は2桁近く異なってしまいます。


  これらの論争に決着をつけるべく、まず、私たちはアクシオン・ストリンクの生成と時間発展をシミュレーションで再現し、放出されるアクシオンのエネルギー・スペクトルを求めました[2]。その結果、ストリングから放出されたアクシオンのエネルギー分布は宇宙の地平線に対応するエネルギーに鋭いピークがあるという結果を得ました。これによって、ストリングから生成されるアクシオンがコヒーレント振動から生成されるアクシオンより宇宙の密度に大きな寄与を与えることがわかりました。
さらに、ドメイン・ウォールからのアクシオン放出をN=1の場合について調べ、ドメイン・ウォールが潰れる際にアクシオン質量程度のエネルギーを持つ大量のアクシオンが放出され、それがストリング起源のアクシオンよりもさらに現在の宇宙の密度に大きく寄与し、暗黒物質を説明することを明らかにしました[3]。N>1のモデルについては、ドメイン・ウォール問題を解決するためにポテンシャルに僅かに離散的対称性を破る項を付け加えた場合であっても、対称性を破る項が新たなCPの破れを引き起こす問題とドメイン・ウォールから放出されたアクシオンが現在の宇宙の密度を超えてしまう問題の両方を解決することが困難だということが判明しました[1]。したがって、私たちの研究によってN=1のアクシオン・モデルは宇宙論と両立し、ドメイン・ウォールから放出されたアクシオンが宇宙の暗黒物質を説明できるが、N>1のアクシオン・モデルは宇宙論と相容れない可能性があることが明らかになりました。

  1. T. Hiramatsu, M. Kawasaki, K. Saikawa and T. Sekiguchi, ``Axion cosmology with long-lived domain walls,''  arXiv:1207.3166 [hep-ph]
  2. T. Hiramatsu, M. Kawasaki, T. Sekiguchi, M. Yamaguchi and J. Yokoyama,  ``Improved estimation of radiated axions from cosmological axionic strings,''   Phys. Rev. D 83, 123531 (2011)  [arXiv:1012.5502 [hep-ph]]
  3. T. Hiramatsu, M. Kawasaki, K. Saikawa and T. Sekiguchi,  ``Production of dark matter axions from collapse of string-wall systems,''  Phys.  Rev. D 85, 105020 (2012)  [arXiv:1202.5851 [hep-ph]]