共鳴軟X線散乱実験用の真空中X線回折計群

担当者: 中尾 裕則
PHS:4868
hironori.nakao@kek.jp

所外担当者: 山崎 裕一
物質・材料研究機構


1.概  要

共鳴X線散乱(RXS)は、元素の吸収端を利用することで、 元素だけでなく、その軌道選択的に電子状態の周期構造を 調べることができるユニークな実験手法である。 従って、観測したい元素・軌道を指定すると、実験に利用するX線エネルギーは 必然的に決まる。その結果、硬X線を利用した実験だけでは、 観測できる電子状態が限られてしまう。
例えば、3d遷移金属酸化物は、超伝導、巨大磁気抵抗効果、 巨大電気磁気効果など多彩な物性を発現し、注目されている系である。 ここでは、3d電子状態の持つ電子自由度である電荷・軌道・スピンの 多様な振る舞いが、多彩な物性の起源であることが解明されつつある。 従って物性発現の微視的な解明には、3d電子状態の観測が、 本質的に重要と言える。 硬X線領域でのRXSでは、3d遷移金属のK吸収端を利用することができ、 電荷・軌道秩序の研究が行われてきた。 しかしながら、K吸収端は1s4p遷移であり、 4pの電子状態は観測できるが、3dの電子状態そのものの観測はできない。 (K吸収端でも四極子遷移過程を使うことで、 3d電子状態を観測することができるが、非常に弱い。)
一方、L2,3吸収端は2p3d遷移であり、 3dの電子状態が直接的に観測できる。 さらにK吸収端では微弱な共鳴磁気散乱が、 L2,3吸収端では非常に強く観測されている。 このような背景もあり、軟X線領域(200 eV < E < 5000 eV)での RXS実験が可能となる真空中X線回折計の開発を開始した。
またSPring-8が稼働している現状では、軟X線領域で輝度でなく強度を利用した研究が、 PFならではの研究の1つと言える。 加えて、次期光源の建設の話が出ているが、そちらで利用可能となる 世界最高レベルの軟X線の光を使った先端的研究展開を考える上でも、 軟X線領域での回折・散乱実験は重要である。


図1. 軟X線領域での汎用2軸X線回折計

2.構  成

利用ビームライン: BL-16A, 13A, 11B, (19A)

汎用2軸X線回折計

汎用2軸X線回折計の外観と、真空チャンバー内の写真を図1に示す。 放射光が、冷凍機上の試料部に当たり、散乱光を4象限スリットの下流部にある 検出器で観測する。 試料部をしっかり冷すため、写真にある冷凍機の試料部には駆動機構はない。 2軸回折計なので、その代わりに検出器部を上下(τ軸:図2)させて、 試料からの信号を捉えるようになっている。 その結果、試料部の輻射シールドを一定の条件にすれば、 10-320 Kで、安定に実験ができる。 (工夫すれば、6K以下での実験も可能である。)

図2. 汎用2軸X線回折計のイメージ図

真空チャンバー内の2θがテーブル状になっており、 実験に応じて、複数の検出器を搭載したり、架台調整用のピンホールも 2θステージ上に常設してある。 X線検出器としては、開発してきたシリコンドリフト型X線検出器を主に利用して、 ノイズとなる蛍光X線をカットして実験を行っている。 エネルギー分解能は100eVを切るぐらいである。 それ以外に、フォトダイオードも常時使える状態で、架台調整など、 強いX線を観測する場合に使っている。 CCDカメラも2θステージ上に搭載して、必要な時に利用している。 その他、永久磁石を利用した実験、レーザーポンプ&プローブ実験など、 様々な実験を行っている。

表1. 汎用2軸X線回折計の各駆動軸の性能


超伝導磁石搭載2軸X線回折計

硬X線領域では、BL-3Aにて縦磁場(~7.5T)での回折実験が行われている。 ほぼ同じ条件での軟X線領域での回折実験を実施するために、建設した。

図4. 超伝導磁石搭載2軸X線回折計

最近、いくつかの不具を解決し、磁場中の共鳴軟X線回折実験が行われ始めた。

共鳴軟X線小角散乱装置

らせん磁性体に磁場を加えることで出現する磁気スキルミオンは、 直径が数+から数百nmの比較的大きな磁気構造を持つ。 このように大きな磁気構造や、磁気ドメインの観測をするためには、 上述の回折計ではなく、小角散乱に適した装置が必要となる。 そのために建設されたのが、共鳴軟X線小角散乱装置である。

図5. 共鳴軟X線小角散乱装置

試料の加工など、難しい点は多々あったが、成果が次々と上がり出した。 最近は、X線のコヒーレンスを利用した研究もできるようになり、 低温・外場下での磁気イメージングに世界に先駆けて成功した。 (詳細は、参考文献を参照のこと)

3.その他

これらの装置群は、現在も改良・発展中です。 また利用するためには、実験を実施するビームラインに移設、 立ち上げ作業が必須です。 従って利用されたい場合、課題申請時に、必ず担当者と相談ください。

4.参考文献

  1. 「共鳴軟X線回折法の新展開」, 山崎裕一、 中尾裕則, 放射光 30 (2017) 3-12.
  2. 「共鳴軟X線小角散乱による磁気スキルミオンの観測」, 山崎裕一、中尾裕則, PF News 36 (2018) 12-17.
  3. 「磁気スキルミオン」を 放射光で見る, 物構研News No.24.
  4. 磁気スキルミオンとは」, 物構研ハイライト(2018)
  5. 世界初の測定手法とクマさんの鍵穴」, 物構研ハイライト
  6. 共鳴X線散乱による軌道混成状態の観測」, 物構研トピックス(2019)
  7. 共鳴 X 線散乱の軟 X 線領域への研究展開における四方山話」, 中尾裕則、山崎裕一, PF News 37 (2019) 34-37.
  8. これらの装置群を利用した成果(原著論文)はこちら